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――髪乾かして欲しいねん、今日はなんでか、メイドちゃん捕まらんくってなぁ。
と、こちらまで気の抜けるような笑みを零して、彼はそう言うのだ。
やっと見つけたわぁ、と扉を開けて促す鬱様。私はほんの少し躊躇するも、思い切って部屋に招かれることにした。
この時間に彼に遭遇したことはなかったが、そんな仕事もあるのか。
「あー、それ、そこら辺に適当に置いとき」
それ、と彼が顎で示したのは、私の両手を塞ぐバスタオルの山だ。
かしこまりました、と素直に扉付近の邪魔にならない場所に置いておく。
スッと姿勢を正して彼を見据えれば、すでにソファに身を沈めた姿があった。
煙草を些か乱雑に灰皿に押し付けると、鬱様は背凭れに頭を預けて、気だるげに視線を寄越す。
「ドライヤー、そこ」
眠いのか、若干舌ったらずになりながらも彼は机の上を指差した。というより、もう半分ほど瞼は落ちている。
私は机の上のドライヤー、そしてソファから一番近い電源を確認してから動いた。
コンセントに繋いだドライヤーを手に、私は彼の背後に回る。
その気配を察して、鬱様は背凭れに乗せていた頭を離し、俯き気味の体勢になった。寝るつもりか。
少し迷ったがとりあえず無難に、真ん中の風力にしておこう。
ほとんど黒、ほんの少しだけ青みがかった不思議な色味をもつ髪の毛。よくよく見てみれば線が細くてクセもない、男性にしては綺麗な髪だった。
時間はかかるやり方かもしれないが、なるだけ機械的な動きを意識して。
「いっつもなぁ、髪乾かしてってなぁ、メイドちゃんになぁ、頼むんよ」
『……左様でございますか』
一言ずつ区切って言う話し方が、さらに眠気を助長していくようだ。
それがある意味微笑ましいな、と笑みが漏れるのを噛み殺す。
「でもなぁ……エミさんもな、意地悪やと思わへん?」
『……何がでございましょう』
「だって、だってなぁ――」
彼はふっと、伏せていた顔を上げた。こちらからはその表情は見えない。
「――それを承るようにはプログラムされておりません、って、皆言うんやもん」
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江之子(えのこ)(プロフ) - ささん» 初めまして、コメントありがとうございます。最新話のみならず読み返しまでしていただけるとは…。どうぞ、これからも長々とこの作品をご愛顧してもらえたらと思います!応援感謝です。 (2017年6月6日 16時) (レス) id: d4b2bfad59 (このIDを非表示/違反報告)
さ(プロフ) - 初めまして。えのこ様のお話が大好きです。最新話を追いつつ初めから読み直しては楽しませてもらっています。これからも応援しております! (2017年6月6日 15時) (レス) id: 91a8ff52f5 (このIDを非表示/違反報告)
江之子(えのこ)(プロフ) - ahirudokuro112さん» コメントありがとうございます。毎日気にかけてくださるほど印象を残せたこと、一書き手としては嬉しいばかりです。それをこうして文字にして伝えてくださったことをとてもありがたく思います!今度とも、どうぞよろしくお願いします。 (2017年6月4日 0時) (レス) id: 7dbb78881f (このIDを非表示/違反報告)
ahirudokuro112(プロフ) - 初めてコメントさせてもらいます。いつもとても楽しく読ませて貰ってます。気づけば毎日朝と夜に更新されてないかチェックするのが日課になってます笑。ぜひこの気持ちをお伝えできたらとコメントさせていただきました。 (2017年6月3日 23時) (レス) id: f8fb3df520 (このIDを非表示/違反報告)
江之子(えのこ)(プロフ) - 井戸らさん» コメントありがとうございます。私の場合、気が付いたらこんな文体になってまして、くどいかな…とドキドキしながら書いてる面があるのですが…。それを褒めていただけるのは何より嬉しいです。今後もお楽しみに! (2017年5月27日 23時) (レス) id: 7dbb78881f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:江之子 | 作成日時:2017年5月22日 1時