あなたに求められている私。 ページ17
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こっちにおいで、と彼が言う。
広いリビングに置かれた、大きな革張りのソファに沈んで、
今日も意味を成さなかった夕飯が乗っていた食器を洗っている私に、
とびきり甘い声でそうやって言って彼が誘う。
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食器洗いを中断して、
タオルで手を拭いてから、ソファに近づいた。
ぽたん、ぽたん、と雫がシンクに落ちる音が、
規則正しく聞こえるくらい、この部屋は静かだった。
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いい子、だとよく言われた。
手が掛からないし、要領がいいところもあったから、
信頼してるよ、と学校の先生に言われたこともある。
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ソファに身体を横たえて、
彼の大きな手は端末を忙しそうに操作していた。
…呼んだのは、あなたなのに。
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大人の言ういい子、は
「言うことを聞く子」だときっと幼い私は
心のどこかで気づいていて、求められるものに無意識に近づこうとしていたんだと思う。
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相手をよく見れば、
どんな自分を必要としているかなんて、すぐ分かるのだ。
授業中教師の発言にうなずく子、提出期限を守る子、善悪の判断ができて自制できる子、
言われたことをきちんと守る子、自分の言葉を肯定してくれる子、
笑顔で慕ってくれる子、多少道理が通っていなくてもそうですねと言える子。
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私はどれにでもなれた。
だって、いい子、だから。
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「、櫻井さん」
「ああ…こっちにおいで」
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少し身体を起こして、
私をジッと見つめて、優しい言葉で縛り付けようとする彼の傍に寄って、
そのままゆっくり座る。
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同じソファに座らず、
床に腰を下ろした私に、櫻井さんは一瞬驚いたように目を動かしたけれど、
その後ふ、と笑っただけで咎めるようなことは何も言わなかった。
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「凛に会っても、にこにこしてられたんだろう？いい子だったなあ、」
「…、はい」
「可愛いですね、って褒めてたよ」
「、」
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彼女のその言葉が、どれだけ皮肉で嫌味かなんて、
そんなの分からないくらい馬鹿じゃない。
そして彼だって、そのくらい分かるはずなのに、
どうしてわざわざそんなことを言うんだろう。
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彼女の"敵意"に言い返さなかったのも、
ただにこにこ笑って見送ったのも、
全部あなたが私にそうしろと指示したからだ。
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あなたが、望んだ私でいただけだ。
…だって、私は、"いい子"だから。
あなたが何を求めているかを、私は分かってしまうから。
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あなたに求められている私。２→←嫉妬をして闇に落ちる音を聞く。３
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