駅のホームと怪談話 ページ7
「あ」
「……あ？」
夕暮れ時の、駅のホームである。
夕日はほとんど燃え尽きた線香のように弱々しく光って、空はバケツの中の水みたいに青みがかっていた。
花宮はぼうっとスマートフォンをいじっていて、高く鋭い鼻筋がブルーライトに照らされて光っている。
Aはまさか、あの花宮と帰路が同じだとは思っていなかった。なので、駅のホームに佇む花宮を見かけて、思わず「あ」と声を漏らしたのだった。
随分遠く離れていたのに、花宮はめざとくAの声に気づいた。そしてちょっと面倒そうに顔を上げ、「あ？」と威嚇する。
お前何ジロジロ見てんだよ、とでも言いたげである。
「あ、えっと。……お疲れ様です」
「……」
「あ。あの。花宮君て、家こっちの方なんですか」
「プライバシーの侵害だ。話しかけんな」
「す、すみません」
気まずい沈黙が続いた。
そもそも、Aが花宮の側へ来られるのは部活動中だけだったので、こういう時の話題がまるで思いつかないのだ。
花宮は、試合中の不遜な態度とは打って変わって、大人しく黄色い線の内側に立っている。
というより、彼は線路から随分離れた位置にそっと立っていた。だからこそAは、なんだか少し意外で、言葉を発するのを遠慮してしまう。
何か考え事でもあるのかな、と思ったのだ。
「……駅の中は、魔物が出るからな」
花宮はなんてことないようにぽつりと言った。
Aはまるで心を読まれたような気になって、ドキッとして花宮を見る。
「魔物……ですか？」
「ああ。フト前見た時によ、無防備な背中があったり……それこそ、憎いヤツの背中があったらよ。ポン、と押したくなるのが、人間のサガだろ」
「……」
Aは一瞬何を言っているか分からなくて、ポカンとした顔をした。
それから意味を理解して、ゾーッと背筋が寒くなった。
花宮は、ことバスケに関しては、恨みを買いすぎている。
もしかして何か、過去にそういう体験でもあったのだろうか。
「ふはっ！ ひっでえ顔。良い顔してるぜ」
「……」
「お前ずっとその顔でいろ」
低い笑い声がAの脳裏にこびりついた。
駅のホームの隅っこで、悪童は普通の大人しい男子高校生みたいに、キョロリと周囲を見渡して言う。
「人間って怖ぇよなあ」
怖い人間の代表が、怪談話をするように声を顰めてクツクツと笑っていた。
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作者名：リネン | 作成日時：2022年5月17日 1時
