怨恨と、軽蔑 ページ15
「中学ん時よ、親父が倒れたんだよ」
花宮はAを振り返って、ポッケに両手を突っ込んで言った。
「まあ一年の頃だし、だいぶ昔な。テメェに詳細まで語る筋合いはねえから、いちいち説明なんかしてやんねえけど」
Aは急にそんなことを語られるなんて思っていなくて、首をぎこちなく傾けるだけで精一杯だった。
錆びたように、体がうまく動かない。
こういう話を聞くとき、どんな表情をすればいいかもわからなかったからだ。
「母さんは朝から晩までパート掛け持ちして。そしたら、親父の見舞いには、オレが行くしかねえだろ。だから親父の着替え持ってったり、逆に服持って帰って洗濯したり、医者から話聞いたり治療方法とか自分でも調べてよ。そんなことしてたら、部活なんか行ってる暇ねえだろ」
「……」
「親父が死んでからだよ。部活に出れるようンなったのは。それが良かったのか悪かったのか分かりっこねえけど。……んで、やっと試合とか出て。そん時、たまたま、対戦相手に事故って接触した。したらよ、後からこんな噂が出てくんだ」
──アイツ頭いいんだろ、なら、バレないようにわざとやるってくらいできんじゃねえの？
「ふはっ。そいつら、悔しそうにオレ見てそう言ったよ」
怪談話みたいに、花宮は声の調子を落とした。
低く嗄れた魔女のような声が、次第に唸るような力を帯びていく。
「「当たり前に」バスケの練習に出られる余裕があって。「当たり前に」練習さえしてれば上手くなれんだと信じてて。「当たり前に」それが妨げられれば、妨げた奴を悪だと思い込めて」
「そういう、練習で泥まみれンなって家帰って、何もしなくても自動的に飯が出てくるような、そんな家に住んでる奴らがよ。たかが部活の勝ち負けなんぞに執心して、必死ンなって泣いて怒ったり。有る事無い事チンケな想像力で不幸ヅラして。そういうのが、震えるほど気に入らねえんだよなァ」
オレは親父のせいで部活なんぞじゃなかったが、終ぞ親父を悪だなんて言い切れなかった。
花宮はスンと鼻をすすって、ちらりとAの顔を見た。
その目はカラカラに乾いていて、グレーの瞳で脅かすようにAを見下ろしている。
「僻みだよ。オレのは」
「……」
「大それた主義や哲学なんかねえよ、バァカ。お前らがたかが部活の勝ち負けでピーキャー言えんのは、お前らの世界がそんだけ狭ぇから。その狭い世界で、オレを語んじゃねェよ。……っつってな」
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作者名：リネン | 作成日時：2022年5月17日 1時
