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「しばらく冷やしたほうがいいね」
「はい」
手渡されたアイスバッグを私は素直に受け取り、足首に当てる。
「お手数をおかけして、すみません」
「そんなの気にしないで」
申し訳なさすぎて、結弦さんの顔をそっと窺えば、優しい笑顔があった。
結弦さんが身じろぎすると、ふわっといい香りがする。
練習で汗をかいた後なのは同じなのに、自分だけ汗臭いんじゃないかって、私は気が気じゃなかった。
「……Aちゃんだよね?」
「え?」
突然、下の名前でちゃん付けされて、私はポカンと結弦さんを見上げる。
「仙台で一緒に練習していた、Aちゃん」
「……覚えていたんですか?」
「うん、俺、記憶力いいし。それにAちゃんのスケーティング、好きだったから」
……私のスケーティングを、好き?
「全身ですごく楽しそうに滑る子だなって、印象が残ってる」
「……、………」
綺麗な形の薄い唇をほころばせる結弦さんを、私は信じられない気持ちで見つめた。
同じリンクで練習してたといっても、私は結弦さんより三つ下だし、練習時間も違っていた。「選手」とも呼べなかったような平凡な私のことを欠片でも覚えているなんて、おそるべき記憶力の良さ。
お世辞だろうけど、スケーティングが好きと言ってもらえてくすぐったい気持ちになる。
「昔と変わらず楽しそうに滑っている姿を見て、いつかまた話せるといいなって思ってた」
結弦さんはしゃがんだまま、頬杖をつくと微笑む。
その笑みは、うっとりと見惚れてしまうぐらい、美しくて。私は返事をするのすら、忘れていた。
**********
自分でも単純だなって笑っちゃうけど、それだけの出来事で私は結弦さんに心を奪われてしまった。
当時、結弦さんはカナダを拠点にしていたし、まれに同じ試合に出場できても日程が違ったりすると会うこともなくて。アイスショーだけが結弦さんと話せる唯一の機会。
そして、次の年、私は一希の協力で結弦さんと二人きりの時間を作ってもらい、無謀にも告白した。
もちろん、フラれた。
「スケートに集中したいから、誰とも付き合う気がない」―――モテる結弦さんの告白を断るときの常套句だろうな。
でも、私は諦めなかった。
というより、諦めることができなかった。
結弦さん以外の誰かなんて、思いもしなかった。
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エミル(プロフ) - くっきーさん» 短編、楽しみにしてもらえて嬉しいです!GIFT、想像をはるかに超えたショーでした。ハマりすぎて更新が滞っていますが、しばしお待ちくださいね。 (2023年3月2日 21時) (レス) id: 68edaa3183 (このIDを非表示/違反報告)
くっきー(プロフ) - やっぱりエミルさんの短編すごく素敵です!泣GIFT大成功でしたね!!これからの展開楽しみです、、 (2023年3月2日 1時) (レス) id: 95130b7885 (このIDを非表示/違反報告)
エミル(プロフ) - 璃子さん» 似通った話になりがちなので、新鮮と言ってもらえて嬉しいです(*´ω`*)ファン目線だと羽生さんのそばにいられるだけで幸せ。でも、実際に彼女になる方は大変だし我慢することも多いんだろうなって想像します。本当に幸せになって欲しいと私も思います。 (2022年4月10日 21時) (レス) id: 68edaa3183 (このIDを非表示/違反報告)
璃子(プロフ) - なんだか新鮮なお話でした。楽しく読ませて頂きました。実際お付き合いするとなったら…やはり今回の羽生さんのようにお相手を気遣って「俺といて楽しい?」とか気にしそうですよね。何にせよ幸せになって頂きたい方です。 (2022年4月10日 9時) (レス) @page23 id: a68a41f56a (このIDを非表示/違反報告)
エミル(プロフ) - 鹿さん» 鹿さん、ほっこりしていただき、ありがとうございます(*^-^*)長編がアレなので、素直な二人にしました。幸せな羽生さん、増やしたい!会見は、羽生さんらしい世界観でした。 (2022年2月14日 21時) (レス) id: 68edaa3183 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:エミル | 作成日時:2022年2月12日 22時