酸いも甘いも好きのうち (ページ1)

今日:12 hit、昨日:6 hit、合計:7,371 hit

酷い人【3部】【花京院】ページ1

※花京院生存if

｢花京院君。｣

月光の下、優しく微笑む彼女が僕は凄く好きだった。彼女の艶やかな髪が少し肌寒い乾いた夜風によって揺れ、白く細い指で耳にかけるその仕草も、鈴が転がるような声音で僕の名前を呼ばれるのも僕は大好きだった。

｢どうしたんだい。A。｣

そしてその呼び掛けに答えるのも僕は好きだった。そしてその口から出るたわいも無い話も大好きだった。2人で笑って語り合うのが本当に楽しかった。

ジリジリと照りつける太陽にも負けないように歯を見せて笑い普段明るく振る舞う彼女。面白い話を聞かせ、場を和ませるのが上手なA。彼女といるのは本当に楽しかった。しかし時折見せる芯の強さも、心の強さも、全て彼女は兼ね揃え、それは僕を魅了するには充分すぎた。

｢か……花京院君…ッッ！！！！｣

彼女が僕の名前を呼ぶ悲鳴に近い叫び声が聞こえる。

今までの旅に後悔はない。これから起きる事柄に僕は後悔ない。己の死も受け入れよう。ただ心残りはただ1つ。彼女にとって僕の存在が足枷になってしまうことだ。

Aは冷たくなっていく僕に縋り付き子供のように｢嫌だ｣と呟く。

あぁ、また君の新たな一面も知れた。

僕のために必死に泣き喚く彼女。

僕は本当に幸せ者だ。

｢…し…あわ……せ、にな、て、くだ……さい……｣

僕にとっての願いは彼女の幸せだ。

僕のことを忘れて誰かと一生を添い遂げて欲しい。一生を愛で包まれて終えて欲しい。

でも、心の奥底では僕を忘れないで欲しいと思っている自分もいる。それは彼女を苦しませることになる。それは僕の願いも壊してしまうことになるのも分かっている。

霞む瞳に映る彼女。

今から告げるこの言葉はきっと彼女を永遠に苦しめてしまうだろう。だがこの言葉を告げずにこの命を落とすのは酷い心残りになるだろう。

｢あ、い…して……る……A……｣

だからそう告げると彼女はまたさらに涙を零し酷く顔を歪ませた。

｢酷…いよ……花京院君……本当に…｣

あぁ、その通りだ。本当に僕は酷い人だ。

僕が告げたこの言葉は一生彼女の足枷になる。だが告げずにはいられなかった。

もう声も出なくなった。もう限界が近くなってきたのだ。

｢私も……愛してる……大好き…、｣

最期に、君のその朗らかな笑みを見れてよかった。出来ることなら一生隣でその笑みを見ていたかった。

ゆっくりと重くなった瞼を下ろして意識を手放すその瞬間眩しい程の暖かい光に包まれた＿