背中 ページ19
Aがベッドへ入っていくと、凛月の方から寄ってきた。
凛月の陶器細工のような細い、ひんやりした指が猫に触れるような仕草で腕を撫でる。
皮膚の薄いAの腕は、磁器のような冷たい白さがあった。それでいてほっと子猫のように温かい。
腕の内側はもっと皮膚が薄くて、なんというか、とても擽ったい。
ちょうどパンケーキの上でバターが溶けていくみたいに、お互いの温度がなんとも感じなくなると、Aは逃げるように寝返りをうった。
「ふふ、敵に背を向けるのは感心しないね……」
「凛月は、敵ではないじゃない」
「そうかな」
その声の距離に、Aは少し驚いた。声の振動がはっきりと感じられるところまで、凛月は一気に距離を詰めてきた。
盤上でほかのどの駒にも似つかない動きをするナイトには用心しなさいとあれほど『お姉ちゃん』に教えられたのに、気づいたらチェックメイトなのだ。
広い部屋の内側に、Aの影を飲み込んだ凛月の影が降りている。
光の弱い夜は影もぼんやりと薄い色をしていた。
「はぁ……」
月夜の寝台にため息がひとつ。
Aは丸まった凛月の背に頭を寄せた。傷一つなく、普段ぴんと張り詰めている糸が弛んだような無防備な背中。触れたら消えてしまいそうなほど儚い少女のような白い肌の奥に、しなやかな男の筋肉が眠っている。
今日は昼間から起きていたから疲れてしまったのだろう。凛月はすやすやと寝息を立てていた。
穏やかな心音を聞きながら、Aは目を閉じたが、すぐに開けた。もう夜も遅いのに、あまり眠くはなかった。
あれが現実。この目で見たものは信じるしかない。それがこの国の現状なら、王都で見たあの景色は、全部夢だったということだ。
Aは膝を伸ばした。
凛月って領主様だったのね。
もちろん知ってはいたけれど、今まで何だか実感がわかなかった。凛月はAの周りにいたどんな殿方とも違う。女のようで、妖怪のようで、老人のような不思議な人。
一度惹かれてしまったら離れられない。
Aは、どうか戦争など起きませんように、と願った。それが今のAの一番の願いだ。
ひとりぼっちの夜なんて、寂しいものね。
Aは今度こそ目を閉じると、腰からベッドへ、ベッドから地面へ沈んでいくようなイメージをしながら、凛月を追って眠りの森に入っていく。
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さなえ(プロフ) - フラッペさん» コメントありがとうございます。お褒めに預かり光栄です。細かいところにこだわって書いてみました。 (2018年8月18日 16時) (レス) id: b33fb32224 (このIDを非表示/違反報告)
フラッペ - お話の内容が濃くて私的には面白い物語でした。こういう細かな文章が好きで、なんか一つ一つに感情がこもっているというか……まぁ、とにかく良い話でした。 (2018年8月16日 1時) (レス) id: 0c5a8c4f79 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:さなえ@Love伊織 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/sanaeHome/
作成日時:2017年7月29日 16時