4話 ページ8
「準備は終わったか?」
志麻の言葉で固まった私の耳に届いた低い声。
今朝から私の胸中を荒らしている人物のものだった。
「候補長」
「時間を確認しろ。自分の準備があることも忘れるな」
「かしこまりました。お嬢様」
絡ませていた手を持ち直し、志麻は私のその手に口付けた。それも薬指の場所に。
「お嬢様、また後で」
ふんわりと微笑んだ志麻は、花が綻ぶような美しさで。
その可憐さにしばらく見惚れた。
「お嬢様、今日もお美しい」
志麻が部屋を出たことを確認したうらたは、私にそう声をかけた。
普段通りを心がけるものの、彼に向ける私の笑顔はきっとぎこちない。
「そう、ありがとう。志麻とセンラのおかげかしら」
「ふふ。あいつらの腕はかなり良いですので」
あら、と目を丸くする。
いつも彼らにしっかりとした姿を見せているうらただけど、仲間が褒められるのは嬉しいのだろうか。
案外優しいところもあるじゃない、と思わず口角が上がる。
「やっと笑ってくれましたね」
「え?」
「……今朝のこと、気にしていましたか?」
まさか彼からその話題に触れるとは思わなかったから、体が硬直する。
そんな私にうらたは頭を下げた。
「申し訳ございません。お嬢様にそんな思いをさせるとは思いませんでした」
「……あの本は何?うらたのものなの?」
ずっと気にかけていても仕方ない。
思い切って尋ねると、うらたは困ったように眉を下げながら歯切れ悪く答えた。
「いや、あれは、俺のではないんです」
「あら、違ったの?」
じゃあ何であんなに必死になって取り返そうとしたのかしら、と首を傾げると言いづらそうにうらたが答えた。
「あれは俺たちの部屋にあったもので……たまたま俺が持っていたんです。
お嬢様の部屋を掃除していた時に邪魔になってしまったので、テーブルに置かせてもらっていました」
「そう。じゃああなたは、たまたまあの本を持っていて、私の部屋に忘れただけなのね」
素直に頷いた彼を見て安心する。
うらたに対する恐怖心や疑心が消えていくのがわかった。
「疑ってしまってごめんなさい」
「いえ!すぐに訂正しなかった俺も悪いので」
目を私と合わせることなく下げるうらたに不思議に思う。
そう言えば、彼はどうしてすぐに私にそのことを言わなかったのか。
言えば疑いなんてしなかったのに。
そこまで考えて、自分の背中に鳥肌が立つのがわかった。
140人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:なつの | 作成日時:2021年6月9日 0時