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志麻に連れてこられたのは彼がこの屋敷で1番気に入っている部屋、私の衣装部屋だった。
相変わらず目に写ってくるドレスの色は黒ばかり。
ため息しか出てこないようなこんな場所に、なぜ彼は私を連れてきたのか。
「お嬢様は細いし、髪も瞳も黒やから、着てくれないやろうなって思ってたドレスがあるんよ」
そう言って志麻が私に見せたのは、黒をベースにはしているものの、所々に紫が取り入れられた、シックなドレス。
いつもの私が着ているようなものと異なっているのは、体のラインが目立つデザインである、ということくらい。
「いつも体型を隠すような物ばかり着てるから、こう言うのは嫌いやとは思うんやけど」
おねだりするような彼の視線に言葉が詰まる。
たしかに私はいつも体型を隠していた。
日に日に痩せていく体を他者に見られるのが嫌だったから。
「分かったわ。あなたへのお詫びだもの。喜んできさせて貰うわね」
案外自分はこういう形のドレスが似合うらしい。
志麻が本気で照れているのを見て、恥ずかしいが着て良かったと思う。
「せっかくだから今日はこのまま過ごしましょうか。
志麻、私のティータイムに付き合ってくれる?」
「仰せのままに」
はにかむ彼の顔はいつも以上に優しくて。
私はそんな彼の手を取って自室へと向かった。
「あら、お姉様じゃない。ごきげんよう」
私は平和に自室に戻ることも出来ないらしい。
その原因である実の妹を見下ろす。
不服そうに礼をされるくらいなら、いっそされない方が気分がいい。
「ごきげんよう、レイラ。失礼するわね」
問題を起こす前にと先手を取った。
はずだったのに、彼女だけでなく、彼女の候補者も随分と意地が悪い。
4人のうち2人が私の前に立ちはだかり、簡単には逃してくれなかった。
「お姉様、レイラとお話しするのはお嫌?」
「それは貴方の方ではなくて?」
バチっと火花が散ったのが自分でも分かった。
レイラから確実に殺気が漂っている。
「母親殺しの疑いが掛けられている姉に話しかける妹なんて、私ぐらいですわよ、お姉様」
「まだそんなことを言っているのね。
誰かに殺されたという報告は受けていないわ。それを言うのは、報告を受けてからでも遅くはないでしょう」
私のその言葉にレイラが黙った。
不自然な沈黙に冷や汗が流れる。
彼女は何かを知っている。
それを面白がるように、彼女は扇で口元を隠した。
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作者名:なつの | 作成日時:2021年6月9日 0時