-25- ページ25
*
「突き当たりを右に、まっすぐ進んで、二回目の十字路で左、あとはまっすぐ、」
昨日浦田さんに伝えられた、彼の部屋への行き方を何度も復唱する。方向音痴に対しこのだだっ広い建物は苦痛でしかない。
「……大丈夫、ここのはず。違ったら土下座して謝って、浦田さんを怒ればいい」
まぁ所詮口頭で少し窘めるだけですけど。この自己暗示が緊張を緩和してくれるんです。
最後に一度深呼吸をすると、心を決めて部屋の主に「すみません、」と声をかけた。
ところが、しばらく待っても返事が返ってこない。
え、なんで。昨日私呼ばれましたよね。だったら居ない筈はない。じゃあここは違う人の部屋で私が間違えた？
いやでもそれだと返事をしない理由にはならない。……てことは、部屋には人がいない？
……中を見て見ないと何も分からないな。もし知らない人が寝てたりしてたら、静かに去ればいいし。よし、とりあえず見てみよう。
少しの間考えて、そして辿り着いた結論にうん、と頷く。じゃあ開けよう。
静かに襖をずらして開ける。小さな摩擦音と共に、部屋の中が見えた。
結論から言うと、中には浦田さんがいた。
部屋の中に探していた本人がいた事に安心して、そして声をかけようとする。ところが脳が喉を震わせる趣旨の命令を取り払った為、出てきたのはただの音だった。これは、思考停止、というやつだろうか。
……浦田さんが、舞っていた。
身につけた煌びやかな布を思うがままに操って、右手には大菊を遇った扇子をひらひらと遊ばせて。観客は一人もいないのに、口角は妖艶に吊り上げて。
髪の毛の一本一本から指の先まで、まるで計算尽くめではないかと疑ってしまう程動きが精錬されていて、浦田さんの動きにとても良く映えている。
彼は、心の底から舞うことを楽しんでいた。
……凄い、綺麗。
舞について全く詳しくない私は、とにかく美しい、と目を奪われて魅了されていた。
くるくると絶えず回っていた浦田さんは、ふと体の動きを止めると、やっと私が居ることに気付いたようで、ゆっくり此方に振り向いた。……あ、私も声をかけるの忘れてた。
「……A、いつから居たの」
ところが、浦田さんに掛けられたのは、声に動揺と驚嘆を滲ませた、驚きと僅かな拒否を綯い交ぜにした声だった。
「……ちょ、ちょっと前からです」
その雰囲気に押され、私も緊張しながら答える。
……見られたくなかったんですかね。な、何かごめんなさい。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1456人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「歌い手」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
響 - めちゃめちゃ好きです！よかったら続きお願いします✨ (2022年5月23日 21時) (
レス) id: c19490a4d5 (このIDを非表示/違反報告)
甘党ミカン - 4人とのやり取りにニヤニヤしてました((どうでもいいかもですけど笑ってるけど目元が笑ってない怒り方ってなんか怖いですよね(自分だけかも)最近､花魁等にはまってるのでこういう作品をありがとうございます(*´▽｀*)更新頑張って下さい! (2020年9月25日 2時) (レス) id: 8dcda58632 (このIDを非表示/違反報告)
絵怜音(プロフ) - のこさん» コメントありがとうございます！いやいや、私も書きながらニヤニヤしてるので！いや寧ろ、カオナシみたいに語彙をなくしているので！多分私の方が気持ち悪い……です！のこさんこそ、コロナにお気を付けてくださいね。コメントありがとうございました！ (2020年5月13日 6時) (レス) id: d5db198697 (このIDを非表示/違反報告)
のこ - 更新お疲れ様です！とても面白かったです！！urtさんサイド最高です！一人で2828してました！！(キモいですよね…)更新頑張ってください！コロナウィルスにも気おつけてくださいね。コメント失礼しました！ (2020年5月11日 21時) (レス) id: e0ede7313f (このIDを非表示/違反報告)
絵怜音(プロフ) - ゆりま(ゆきな)さん» コメントありがとうございます！花や、花良いですよねー！私も好きです！面白かったですか！嬉しいです！更新頑張ります！ (2020年5月9日 9時) (レス) id: d5db198697 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：絵怜音 | 作成日時：2020年4月4日 18時
