やさしい食卓二。【SS】 (ページ3)

今日:5 hit、昨日:12 hit、合計:217,411 hit

三十三。少しだけページ3

.

『閉店時間過ぎてるのに、遅くまで引っ張っちゃってごめんね』

店の玄関先で申し訳なさそうに何度も謝る櫻井さんに、気にする必要はないと伝えて、鞄を手渡す。

『ねえ、家まで大丈夫？もうとっくに日付超えてるし…』

女一人の私を気遣って、彼が心配の眼差しを私に向ける

「私の家、歩いてすぐなので大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」

私がそう言うと、ホッとしたような表情になる

『今日は本当にありがとう。Aさんのお陰ですげー元気出た』

そう言って何時もの笑顔を見せてくれた。

.

…あ

「櫻井さん、ジャケットの襟が」

彼のスーツのジャケットの襟が少し曲がっていることに気が付き、一歩近付いてそれを正そうと腕を伸ばす

.

と、その瞬間

伸ばした腕をグッと引かれ、気付いた時には櫻井さんの腕の中に収まり

目の前には彼の首筋が見えた

……え？

.

『……ごめん。少しだけ、このまま』

.

突然過ぎて、何が起きたのか理解出来なかったけど

それは直ぐに

櫻井さんに抱き締められている、という認識に変わる

.

“ちょっと、仕事ばっかりやりすぎたかな”

.

この人も、相当な努力の人なんだろう

.

ギュッと抱き締められて、行き場をなくした私の両手を

そっと彼の背中に回し、まるで小さな子供をあやすようにして

トントンと叩き、上下に撫でてみる。

「今晩は、しっかり休んで下さいね」

そう目の前にある彼の左耳に、そっと囁く。

すると

私を抱き締めているその腕に、より一層力が入って

再度きつく抱き締め直してから、彼はその腕を緩めた。

『ありがと。……じゃあ、また』

そう言って、彼は帰路についた。

.

.

男の人にあんな風に抱き締められたのなんて、いったいいつ振りだろうか

彼の姿が見えなくなったところで、

ようやく

全身が火照り始める感覚を覚えた_______