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「…帰る。」
カスカスの声しか出てこなかったのが悔しい。
だけど、あたしは傷ついたわけじゃない。
腹が立っているだけだ、猛烈に。
「ちょっ、Aっ」
「何でやねんっ、今大事な話しとるところやないか。」
立ち上がったあたしを、焦ったような章大の声と、まるで何も分かっていないかのような能天気な声が追いかけてきたが、知ったこっちゃない。
「もおっ、信ちゃんホンマ何考えてるん?!
それはこんなとこで、こんなタイミングで、しかもオレがおるところで言うことちゃうやろっ!」
「あぁ?そない言うたかて、手短にせぇ言うから…」
個室から出ようとするあたしの背中越しに聞こえる、ごちゃごちゃとうるさい二人の声に、
(イヤイヤ、TPOの問題じゃないでしょうが!?)
と心の中でツッコミつつも、振り返るつもりは毛頭ない。
こんなセンスのない茶番にこれ以上付き合っていられない。
それなのに…
「Aっ!」
引き戸に手をかけたあたしに向かって投げかけられた、たった一言で、その手が固まったように止まってしまうのはどうしてなのか。
5年ぶりに名前呼ばれた。
ただ、それだけなのに…
ぐっと唇を噛み締めた自分は、何に耐えているのだろう。
(ーー信五…)
無意識に、心の中で呼び掛けてしまった、その名前。
駄目。
やめて。
引き戻さないで。
巻き戻しなんて出来ないんだから。
引き戸から手を離して、ゆっくり振り返ると、焦ったように立ち上がった信五が、
やけに赤らんだ顔を少し歪めてあたしを見て、
あたしと視線が絡むと、少しだけ安堵したように頬が緩んだような気がした。
そんな表情の一つ一つに、胸のどこかがいちいち音を立てるけど、
そんなのは全部聞かなかったことにする。
だけど一つだけ、これだけは伝えておこう。
「ーーおかえりなさい、信五。」
きっと、この意味の分からない再会は、言えなかった言葉を伝えるためのものなのだ。
「ーーA…」
あたしの言葉に、今度こそ確かに揺らいだ信五の瞳が、何を語ろうとしているのか。
見つめ返したなら、それを読み取る事が出来るのだろうか。
ーーだけど、今更、だ。
そう、今更なんだよ。
「…バイバイ」
今更だけど、きっとこの言葉を伝えることが、あたしには必要だったのだ。
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さくらもち - 更新されていた当時からこっそり読ませて頂いていました。久しぶりに読んでみて、やっぱりまめまめたさんの作る世界が大好きで、ずっと1番です。もうここにはいらっしゃらないかもしれませんが、どうか届きますように。 (3月7日 2時) (レス) id: 5f7a39fac4 (このIDを非表示/違反報告)
まめまめた(プロフ) - ブルームーンさん» ブルームーンさん☆今回も最後までお付き合いありがとうございます!こんな贅沢な眠れない夜なら大歓迎ですよね(//∇//)続き、やっぱり気になります?今妄想中のお話が書けたら、続編頑張ってみようかなぁ… (2021年6月4日 19時) (レス) id: a925dd1186 (このIDを非表示/違反報告)
ブルームーン(プロフ) - 飲みの帰りに大倉くんに焼きモチ焼かれて、安田くんに1日一人占め宣言されて、横山くんがゲロ甘…。こんな夜過ごしたらバチ当たるよね!バチ当たりたい!!続編、何卒m(__)m (2021年6月4日 2時) (レス) id: d5063d2f63 (このIDを非表示/違反報告)
まめまめた(プロフ) - ブルームーンさん» ブルームーンさん☆新しいアルバムの特典とかにどうですか?!笑 お願いします、インフィニティさん(^人^) (2021年1月25日 13時) (レス) id: a925dd1186 (このIDを非表示/違反報告)
ブルームーン(プロフ) - え…この乙女ゲーム、どこでダウンロードできますか?(笑) (2021年1月23日 2時) (レス) id: a475b78d7e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:まめまめた | 作成日時:2020年9月9日 13時