眠れない夜に必要なもの ２（∞）

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とは言え、信五を家に上げる必要なんてなくて、

あの場でさっさと信五の言い分を聞いて終わらせることだって出来たのだ。


それでも、


「とりあえず、チーに会わせてくれへんか？」


図々しく、だけど、らしくもなく少し不安げに瞳を揺らしてそう言われた時に、


「ーーひと撫でしたら帰ってね。」


そう返してしまった自分の流され易さを、今更だが後悔している。


チーちゃんも、もしかしたら元飼い主に会いたいと思っているかも…

なんて、全く要らぬ気遣いだったのだ。









「なんやアイツ、薄情なヤツやのぉ。
ちーとばかし会われへんかった間に、俺のこと忘れてたもぉたんか？」


ブツクサと言いながら、当たり前のように靴を脱いでズカズカと部屋の奥に進もうとする信五に、


「ちょっと！何勝手に上がり込んでるのよっ
チーちゃんに会ったら帰ってって言ったでしょう！」


用件は済んだからお引き取り下さいと訴えるも、


「まだひと撫でもしてへんやろ？

おーい、チー？どこやねん？」


全く相手にされず、そのままリビングのドアを開けた信五の手が、

勝手知ったると言わんばかりに部屋の明かりをつける仕草に、

いきなり馬鹿みたいに胸が苦しくなった。



「あっ、ソファー新しくなっとるやないか。
ボーナス出たら買い替えたいて言うてたもんなぁ。

おぉ、えらい立派なキャットタワーもあるやん。」


記憶に残る風景と今の風景を照らし合わせるように部屋を見渡す信五は、何を思っているのだろう。



叔母から格安で借りている２LDKのこの部屋は、一人で暮らすには本当は広過ぎる。

それに、別れた後に二人で暮らしたこの部屋に住み続けることを、流石にキツいと思う時もあった。


だけど、信五が居なくなった上に引越しまですることになったら、チーちゃんのストレスになるんじゃないか？

それにこんな優良物件を手離すのは惜しいし…


なんて理由で安易に引っ越すこともできず。


結局は図太く住み続けること５年。



あたしはもう、覚えていないよ。


あなたと暮らしていたあの頃の風景なんて。


５年間で捨てた物も増やした物も、たくさんある。


あの頃の風景を塗り替えながら過ごしてきたのだ。


大切に取っておいたものなんて、ないから。



この部屋にも、あたしの中にも、もうあなたのカケラは残っていない。




「ーー何で、今更…」





それなのにどうして、

あたしの声はこんなに震えているのだろう…

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