・ ページ26
「……今更、会いたなかったか？」
あたしに背を向けて部屋を見渡していた信五は、振り返ることなく、そう言った。
その声が、あたしと同じくらい震えているのはどうしてなんだろう。
ーーどうして、この人はこんなに狡いんだろう。
��会いたくなかった��とも、
��会いたかった��とも、
言えるはずがないじゃないか。
静まり返った部屋に、ニャ〜、と小さく響いたチーちゃんの声。
何処からか現れ、ゆっくりと信五の右足の横に擦り寄った彼女が、お久しぶりの元飼い主を思い出したのかどうかは分からない。
だけど、しゃがんで彼女の喉元を擽るように撫でる綺麗な指先や、
彼女を愛でる優しい横顔や、
愛おしそうに彼女を呼ぶ声に、
あたしは思い出してしまうのだ。
整理整頓して仕舞い込んだはずの何かを、いとも簡単に引っ張り出そうとするのだ。
「ーーひと撫で、終わってもぉたな。」
しばらくして満足したチーちゃんがまた何処かに行ってしまうと、
ゆっくりと立ち上がった信五はそう言って笑った。
下がった眉も、無理矢理上げた口角も、作り笑いそのものなのに、
それでもあなたは笑うのだ。
「急に押し掛けて、すまんかったな。
久々に会えて、元気な顔見られて、よかった。
ーー元気で、な。」
ガサツなようで、強引なようで、
本当は気にしいで、一歩引いてしまう所があって、
嘘はつかない、つけない人。
悔しいくらい変わっていないあなたが、こんな風に目の前に現れたら、
どうしたって思い出してしまうじゃないか。
「ほな、そろそろ行くわ。」
「…うん。忘れ物、ない？」
最後の日、あたし達はいつも通りの言葉を交わした。
特別な言葉は何一つ言えなかった。
��サヨナラ��も、"元気でね��も、��またね��も言わずに、
「行ってくるわ。」
「うん、いってらっしゃい。」
二人して全力で、"いつも通り"を演じた。
信五の笑顔が引きつっていたことには気付いていたし、
きっとあたしが唇を噛み締めていたことにも気付かれていただろう。
それでも、何も言えなかった。
"待っててくれとは言われへんしなぁ。"
その言葉の裏に隠したあなたの本音に気付かないふりをしたのは、
あたしとあなたが似た者同士だから。
��待ってる��
その言葉が言えなかった。
不確定な約束が出来ないあなたも、
不確定な約束を信じる事ができないあたしも、
二人とも臆病者なのだ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 821人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
さくらもち - 更新されていた当時からこっそり読ませて頂いていました。久しぶりに読んでみて、やっぱりまめまめたさんの作る世界が大好きで、ずっと1番です。もうここにはいらっしゃらないかもしれませんが、どうか届きますように。 (3月7日 2時) (
レス) id: 5f7a39fac4 (このIDを非表示/違反報告)
まめまめた(プロフ) - ブルームーンさん» ブルームーンさん☆今回も最後までお付き合いありがとうございます！こんな贅沢な眠れない夜なら大歓迎ですよね(//∇//)続き、やっぱり気になります？今妄想中のお話が書けたら、続編頑張ってみようかなぁ… (2021年6月4日 19時) (レス) id: a925dd1186 (このIDを非表示/違反報告)
ブルームーン(プロフ) - 飲みの帰りに大倉くんに焼きモチ焼かれて、安田くんに１日一人占め宣言されて、横山くんがゲロ甘…。こんな夜過ごしたらバチ当たるよね！バチ当たりたい！！続編、何卒m(__)m (2021年6月4日 2時) (レス) id: d5063d2f63 (このIDを非表示/違反報告)
まめまめた(プロフ) - ブルームーンさん» ブルームーンさん☆新しいアルバムの特典とかにどうですか？！笑 お願いします、インフィニティさん（^人^） (2021年1月25日 13時) (レス) id: a925dd1186 (このIDを非表示/違反報告)
ブルームーン(プロフ) - え…この乙女ゲーム、どこでダウンロードできますか？(笑) (2021年1月23日 2時) (レス) id: a475b78d7e (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：まめまめた
| 作成日時：2020年9月9日 13時
