片恋のプレリュード【あんスタ・短編集】

Lady killer【3】 ページ27

彼の演奏する曲は、私も知っている日本のポピュラーな歌。伴奏がピアノだと歌が映えるような、一途で健気な想いを謳った切ないラブソング。

もちろんカラオケよりは緊張するが、久方ぶりの割に落ち着いていた。背景のピアノが、耳に心地いいからだろうか。


「⋯⋯〜♪」


歌い上げ、曲を終えると店内に拍手と歓声で満ちる。それに対して二人して丁寧にお辞儀をした。
折っていた胴を起こして横顔を盗み見ようとしたが、目が合った。ごく自然に目を細めるものだから、咄嗟に私も笑みを貼り付けるのだった。





·

「今日は我儘を聞いてくれてありがとう、我輩から労いの一杯じゃ」



着替えて戻ってきた私に用意されていたのは、鮮やかな橙色が目を引くカクテルだった。


「これあれでしょ、ウォッカのやつ」

「スクリュードライバーってやつじゃ。一応度数は低めにしてもらったぞい」


胡散臭い笑みを浮かべる彼に、衣装から着替え終わった私は呆れた視線を送る。


「冗談でしょ」

「冗談じゃよ」


つまらん、と言うように私の席に置いてあったグラスを自分の方に手繰り寄せた。
飲んだことは無いけれど、アルコールの度数が高いが飲みやすい代物らしい。


「何でウォッカだって分かったのかえ？」

「前に打ち上げで共演した方に勧められたんだけど、マネージャーに止められた時に教えられたの」


ふうん、と相槌を打つ彼は、そのカクテルを舌に乗せる。意外にも彼は酒豪だったりするのだろうか。


「⋯⋯良かった」

「何が」

「その時、飲まされなくて」


ことり、グラスを落とす音がやけに鼓膜に響く。私、まだ演奏前にしか飲んでないのに。アルコールが回ったみたいに、全身が熱を帯びる。

スクリュードライバー、別名レディキラー。口当たりが良く飲みやすいが酔いやすいため、意中の女性を口説く時にも用いられる。


⋯⋯飲まされなくて良かった、って、どういうこと？どうしよう、気になる。
──いやでも、この人のことだからどうせ冗談だ。年齢も離れていないのにからかわれているんだ。


冷静になりきれない脳をどうにか冷ましたくて、頭を振りかぶった。


「──ねぇ、冷静に考えたらそんな度数高いやつ、もし間違って私が飲んだらどうすんの」

「流石に止めるわい」


止めるのか。もうやること成すこと全部冗談に思えてきた。別に落胆なんてしていない、だってこのひと口説く前に口説かれそうだし。偏見だけど。

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