不本意な憎まれ口 ページ23
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赤信号により停車している時、私は万事屋さんに「着くまで私は目を瞑ります」と告げた。珍しい風景を脳裏に焼き付ける作業も気持ちが高ぶるが、どうせならドキドキと胸を高鳴らせて、喜びを実感したい。そんな安い意図ではあるけれども、悔いは残したくないのだ。
快く了承してくれた万事屋さんは、口を開くことなく運転を続ける。何を思い、こんな依頼を受けてくださったのかが分からないので、それを考えながらその時を待った。
「おいガキ。着いたから降りるぞ」
夢にまで見た寄せては返す波の音と、採れたての貝のような鼻を擽る独特な香りを全身で受け止めて、万事屋さんが差し出してくれた両手をしっかりと掴みながら真っ暗な視界の中を突き進む。両親と私の仲と大差ないくらいに冷え切った風が柔らかく肌を撫で、絶妙に足を取ろうと画策してくる地面が、かの有名な砂浜であることを理解した。
彼が止まったのを合図に、私も動きを封じる。
「では……開けますね」ワクワクとドキドキにまるっと心が呑み込まれてしまった感覚から手探りで脱出し、時間帯のせいかやや重ための瞼をゆっくりと持ち上げると、そこに広がっていたのは紛うことなき正真正銘の海であり。
「わぁ……ッ!!」
気だるげな月がこの一面の海を照らすことにより、揺らめく光は何とも幻想的だ。街を灯すものが少ないおかげで一望できる星空も相俟って、広がっている全ての景色が美しい。
「とっても綺麗です……」
この状況で頭に浮かんできたのはその言葉だけで、ただただじっとそれを見渡し続けていると、隣で万事屋さんは何やら笑っていた。「どうかしましたか?」と尋ねれば「いや」とはぐらかされたので、やっとの思いで整理されてきた脳内から、感動を伝えるべく日本語を引っ張り出す。
「桜なんかよりも遥かに美しいです」
知識として備えている語彙を巧みに操る能力が一時的に欠如している様子の私は、最も手っ取り早い比較という術を駆使して、その喜悦を表現した。この手法が賞賛されるべき行為でないことは百も承知の上であったくせに、口走ってしまったそれを撤回する気力もなく。
「そうか?」
「はい。あんなもの、好ましくないです」
「へー……」
万事屋さんは気の抜けた声を発すると「テメーみたいなのに恨まれる桜に同情すらァ」なんて、明白な嫌味を口にした。
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堕天使(プロフ) - 瑠々さん» 返信遅れました瑠々さーーん!いつもありがとうございますほんとにすきです。そう言って頂けて嬉しい限りですが全然、私なんてまだまだ全然です。これからも精進していきたいですよろしくお願いします!! (2019年5月25日 22時) (レス) id: 725743dc16 (このIDを非表示/違反報告)
瑠々 - 面白かったです。とても。どう頑張っても、堕天使さんの文章には追いつけませんね。 (2019年5月18日 6時) (レス) id: ff21270137 (このIDを非表示/違反報告)
堕天使(プロフ) - 柚木さん» 柚木さん!!コメントありがとうございます!!もう、ほんとに嬉しい限りで嬉しいがすぎて令和早々死にかけておりますが、柚木さんのために生きて更新頑張ります!!!!(;;)こちらこそ平成は素敵なものになりました、ありがたいです、私もずっと愛しております!! (2019年5月8日 13時) (レス) id: 725743dc16 (このIDを非表示/違反報告)
柚木(プロフ) - 堕天使さあああん!!!本当に大好きです!!なんでこんなに面白い作品を作ってくれるんですかァァ!!平成ではありがとうございました!!令和も負担がかからない位で活動を頑張ってください!!大好きです!!愛してます!! (2019年4月30日 22時) (レス) id: fe2805c04d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:堕天使 | 作成日時:2019年4月11日 20時