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Aは朝早い分夜も早いらしく、早々に塔の中に引っ込んでいた。
キャンプ文化を知らない彼女は客人を外で寝かせることに抵抗があるのか、部屋で休まないか提案してきたが、初回は仕方がなかったとはいえ男二人で押し掛ける訳にもいかないし、スペース的にも厳しい。カブさんがあわや転落しかけた穴に寝ぼけて落ちる可能性も、無きにしもあらず。そんなことを説明したら、いつかテント生活もやってみたいと呟きながら大人しく部屋に戻っていった。
バトルの余韻もとうに消え、日付を超えたあたりの深夜。自分の前にある焚火以外は動くものは何一つない。光源に当たらないところでゴーストポケモン達が活動している気配だけが感じられる。
「…そういうことかよ」
虫の居所の悪さのままに、勢いよく派手な音をたてて辞書を閉じたついでに舌打ちする。書庫にいたら咎められるだろうが、ここはだだっ広いワイルドエリア、そこいらに反響した後はすっかり静寂そのもの。
自分の手のひらには、Aによるドラパルトに関する覚え書きの紙切れ。何回目かの折に渡されていたが、普通の会話文には出てこないような難解な単語が多く、仕事の忙しさも相まって想定よりも読破に時間がかかってしまった。
僅かな物音がして顔だけ振り返れば、テントから出てきたらしき若干寝ぼけ眼のカブさんが、手持ち灯を掲げてこちらに向いていた。
「キバナ君?…きみ、まだ起きていたのか。雨は降らないにしても、朝に向けてだいぶ温度が下がるそうだよ。せめてちゃんと着なさい、はいブランケット」
「ありがとうございます。カブさんこそ、まだうっすら隈ありますよ。…続けて寝なくていいんですか?」
「昼間も寝たし、だいぶ元気になったよ。…昔から、一寝入りした後にこうして夜中に外に出るのが好きなんだ。ぼくのポケモンくん達はみんな暗い中で美しく輝くからね。昼間とは一味違う、その姿を見るのが醍醐味なのさ」
後ろに控えていたマルヤクデが誇らしげに、ゆっくり胸の丸い発光体を点滅させた。日のある時には大いに暴れまわっていたエンジンジムのエースだが、もうすっかり元通りのようだ。
「そんなわけで、まだまだぼくにとっての夜は始まったばかりだから、」
君の相談に乗ることもできるけれど?と隣のキャンプチェアにどかりと腰掛け、こちらに視線を合わせるカブさん。オレが喉元につかえさせているものを白状するのを、確信をもって催促してくる。本当かなわない。
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作者名:aks | 作者ホームページ:http://alterego.ifdef.jp/
作成日時:2022年10月1日 21時