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やや食い気味にそう言うと、こちらの必死さに折れたのか、それじゃあ、と恥ずかしそうに話し始めた。
「ウチの会社の近くに美味しいって評判の店があるんです。よろしければ一緒にどうですか?」
そういえば、そんな店があったと先輩も話していた気がする。いつか先輩と行きたいなと思っていたけど、お礼をするのが優先なので、勿論了承をした。
「分かりました。私でよければ是非ご馳走させてください!」
「えっお代は別にいいですよ!?僕が誘ったんだし、それに…」
そこまで話すと、相川さんは少しの沈黙のあと、実は…とまた話を再開させた。
「…今宮代さんの会社の前にいるんです」
「えっ今いるんですか!?」
「た、たまたま通りかかったので…。これもお礼に含めてください」
今来たばかりなのか、それともずっと待っていたのか。どちらにせよ、今大事な取引相手でもあり恩人でもある人をこれ以上待たせるわけにはいかない。
「分かりました、今向かいますね」
「すみません、気を使わせちゃって…。でも、絶対に損はさせませんので!」
それじゃあ。それだけ言って電話はきれた。はやく支度をして行かなくては。
私は先輩への挨拶もそこそこに、鞄を肩にかけて、急いでエレベーターに乗って相川さんの元へと向かった。
そこでふと思った。もう少しで、このオフィスから抜けることになる。そしたら、私と相川さんの関係から取引相手、という言葉が消えてしまうのだろうか。
もしそうなら、私は早く『恩人』の相川さんとこれから会うことになる。仕事の相手だなんて、関係なく。
(とりあえず、早く向かわなくちゃ)
エレベーターが止まった。どうやら着いたようだ。そこで思考を一旦ストップさせて、相川さんの元へ、歩き出す。
--あの電話の後、ほくそ笑んだ相川さんに、何も気づかずに。
--end?
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