敬愛したピアニスト ページ43
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urumi side
12月下旬だった。
イルミネーションがそこかしこに巻かれて気が迷惑そうにしているように見えたのをよく覚えているから。
親に連れられてやってきた、名前も知らないピアニストの公演。
きっと母親は心配したのだろう、何にも心を動かさない空虚な娘に。
世界がモノクロに見える。同級生や大人が言うほどこの世界が楽しくないのは何故だろう。
指定された席に腰を落ちつければ、意外とこのピアニストに人気があるのだと知った。
席はほぼ埋まっていて、立見席まで出る始末だ。
「……この人、そんなに有名なの?」
「そうよぉ、天才って言われてるの。」
「ふぅん…。」
天才なんてそうそういてたまるか。
きっと記者か何かが話題作りのために称したのだろう。
舐め腐っていた私は、開演のブザーが鳴ると同時に出てきた彼女の姿に心奪われた。
トレードマークだという黒のドレスを身にまとい、整った顔立ちで優しげな声を出す。
“本日は私のクリスマスコンサートに足を運んで頂き、誠にありがとうございます。”
挨拶もそこそこに、彼女はピアノ椅子に腰掛ける。
ピアノなら、私も幼少期に習っていた。何も面白くなくて癇癪を起こし辞めたけれど…。
始まるわよ。
楽しげな母親の声に耳を澄ませれば、無音の中に音がひとつ、浮かび上がった。
そこからはよく覚えていない。
痺れるような音と苦しげな音楽、目の前にある何もかもを恨むよう、それでも慈しむような音に度肝を抜かれて。
帰るわよ、母親がそう諭すまで席にただ座っていた気がする。
ゲーム会場で彼女を見た時、運命だと思った。
この世界がとてつもなく楽しくて、いい暇つぶしになる私と同じで。きっと貴方もそう思っているでしょう、楽しくて仕方ないでしょう?
そう思っていたのに。
鋭い眼光で早く終わらせたい、誰も死なないでくれと願うような彼女の仕草、行動。
そして優しい瞳で連れを見つめる鳥谷Aは、もう私の敬愛した彼女ではなかった。
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作者名:みりん | 作成日時:2023年3月13日 23時