8話 ページ8
廊下へと出て横を見ると、煙草をくわえた友人がいた。にやりと意地悪気な顔をしている。
「派手にフラレてきてたな」
「それ言うの、君趣味悪いね」
「あんなクズ好きになる奴に言われたくない」
「今もしかして私の傑馬鹿にした？」
パッと言い返すと、面白そうに彼女は笑った。はぁ、と息をついて壁にもたれながら睨む。本当、私にとっては死活問題だというのに。硝子はまたくつくつ笑って、煙草の火を消した。歩を進めて、廊下の向こう側の窓に近付く。
「で、なんで落ち込んでるんだ？『自分の力不足が悔しい！』って可愛いのじゃないだろ、絶対」
「硝子が私をどう思ってるのかがよく分かった」
悪態をついてみたけど、硝子の言うとおりだ。傑の任務についていけなくて、ショックを受けたこと。……それは別に、私の力不足を嘆いているわけじゃない。むしろ、嘆く程健気だったら良かった、とさえ思う。
「あー……うん、私はね、硝子。あの人の傍に居たいんだよ」
「知ってる」
「だから、……うん。傑に限ってそんなことはないと思う。でも、任務で何かあって、死んでしまうのが怖い。私が知らない人間が、傑を看取るかもしれないのが許せない」
一息にそう言うと、硝子はわかりやすく顔を歪めた。拗らせすぎ、とでも言いたげだ。気持ちは分かる。
でも、でも、許せない。
「でも、だって、考えてみてくれない。私はまだ傑に、本気の告白もできてない。傑を抱きしめたこともないし、傑の恋人にもなれてないんだ。それなのに、先に、もし、あの人が死んだら、私は……」
まだ手も握っていない。彼の前髪を掴んでもいない。顔に触れたことも、彼の愛情を体感したことも。彼の、彼の恋人にもなれていない。彼のぬるい体温も、熱い吐息も、唇の感触さえも。まだ私は知らない。そんな状態で、彼が一人で行った任務先で死んだら？私は傑の死に際を知らぬまま、呪霊は、呪詛師はそれを知るのだ。……そんなの、嫉妬で狂いそうだ。
「傑は、モテるから。多分私が彼女になったとしても、それは初めてじゃないんだよ。私は初めてなのに。彼の初めてを奪いたいんだよ、分かる？でも、傑、多分色々経験してるから」
「うんよく分かったから落ち着け」
「でも、まだ、誰も傑の死に際を知らない。傑も、死に際を見られたことはない。だから、私、傑を看取りたい」
最後に呟いて、私の真の欲望を知った。私は、私は……。傑を看取りたい。
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作者名：べにしょうが | 作成日時：2022年5月7日 19時
