駆け上がれ！2

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「ま、悪くはないんじゃない？」
「…天邪鬼」


Aが距離を開けようと、少し後ずさる。
しかし白岩は素早くAの腰に手を回すと、離すまいとさらに近づいた。
その距離、5センチ。


「ちょっと瑠姫、キスでもしようっていうの？」
「んー、それもいいかもね？」


くすくすと笑う白岩は、するりと指をAの顎にかけた。
その距離、1センチ。


「………逃げないの？」


ピタリと白岩の動きが止まった。
小さな小さな囁き声も伝わるこの距離で。
睫毛が触れ合いそうなこの距離で。
Aは顔を赤らめることもなく、微動だにせずただ白岩を見つめる。


「……逃げないよ」
「なんで？このままだとキスしちゃうよ？」
「しないよ。瑠姫は、しない」


真っ直ぐに言い放つ。
白岩は、眉をひそめた。
あとちょっと動けば、唇が触れ合う。
なのにいったいなんでそんなにも言い切れるのか。



「……なんでそう思うの？するかもよ？」
「しないってば」
「だからなんで」
「だって……」


す、とAの人差し指が白岩の唇に触れた。


「私とキスしても、瑠姫、なんにも得しないじゃん」


ふふん、とドヤ顔で笑うAに白岩はぱちくりと瞬きを１つした。
そして、ふ、と自分の口から空気が漏れる。


「ふふ、なにそれ、あはは、それドヤ顔で言う？」


2人の唇の距離は正常に戻る。
Aはきょとんとした顔で、目の前でくすくすと笑う白岩を見ていた。


「だって瑠姫、今まで女の子との距離感とかめっちゃ気使ってたんでしょ？やすぽんに聞いたよ。なのに今更方針変えるなんてしないでしょ」
「うん、そうかもね。ふふふ、確かにそうかも」
「ちょっと笑いすぎ。そんなに面白かった？」
「いや、あの距離でドヤ顔されると思わないじゃん」
「めっちゃドヤ顔ハマってるじゃん」
「だって、A……あはは！」


笑いが止まらない白岩の腕から、Aはするりと抜ける。
一足先に室内に入ると、振り返り、言った。


「あんまり悪戯しちゃダメだよ？」


ニコリと、艶やかな唇が弧を描く。
それだけ言い残して彼女は浴衣着替えてくる、と自室へと戻っていった。


「ふふふ……得しない、かぁ……」


彼女の後ろ姿を見つめながら、手すりに背中を預けてAに人差し指で触れられた自分の唇に手を添わす。


「……得すること、ばっかなのになぁ……」


笑みは崩さない。
それでも、瞳の色は少し暗い。

儚い花火は、一体どこに行き着いたのだろうか。

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