兎の確信 ページ15
｢あ、土方歳三で思い出したんだけど、俺の親父作家なんだ。｣
｢･･･作家ですか。すごいですね！｣
宇佐美は、自分の世界に入った意識をなんとか浮上させ返事する。
｢おう。でさ、最近親父が書いた本が売れなくてよ･･･新人、ちょっと1冊買ってくれないか？今、手元にあるんだ。｣
｢おまえ、ここぞとばかりに売り込みするよな。｣
｢だって、宿舎にめちゃくちゃ親父の本があって寝る場所もねぇんだよ！｣
｢どんな内容なんですか？｣
｢それが、旧幕府軍の歴史を纏めたやつなんだ。｣
｢それで、土方歳三と･･･｣
｢そうなんだよ。で、実際に新撰組にいた奴の関係者とか、旧幕府軍に実際に参加した爺さんとかに聞き込みしたりしてよ･･･とにかく、後世に残る1冊間違いなし！｣
｢大方、ここの元看守は旧士族がほとんどだから、アイツらなら喜んで買うと思って、お前の親父さんは本を大量に送ったんだろな･･･｣
｢ごもっとも･･･だが、あまりあからさまにやると犬童典獄が黙ってないよな。｣
｢犬童典獄が？｣
ほとんど言葉を発してなかった宇佐美は、ここぞとばかりに疑問を投げかける。
｢ああ。犬童典獄の兄は、戦争で土方歳三に殺されたんだ。なんでも、土方歳三を幽閉していたのはその恨みもあるらしい。｣
｢だから、犬童典獄は土方歳三のいた旧幕府軍を目の敵にしている。そんな旧幕府軍をよいしょする本を売ってるのバレたら死ぬわ。｣
｢そもそも、犬童典獄は新政府側だし？｣
｢典獄が新政府側に。看守は地元の人間や旧士族を使う･･･それで支配欲を満たしてるのか。｣
｢もっとも、そいつらは看守総入れ替えで別な役職に就いたわけだが。｣
｢え、じゃあ、門倉部長も旧士族なんですか？｣
看守総入れ替え前からいた門倉のその可能性は非常に高い。また、都合の良い方向に考えていると宇佐美は思いながら、そうであってほしいと願った。Aを堕とし、自分だけしか信じられなくなるには。
｢そりゃ、この本を買えば分かる。｣
宇佐美の問いに先輩看守は答えず、ずずっと懐から出した｢旧幕府軍の生き様｣と表紙に書かれた本を宇佐美に差し出す。
｢新人。絶対買わないと後悔するぞ！｣
｢興味ないなら、ちゃんと断って良いぞ。新人。｣
｢おま、余計なこというな！｣
｢いえ、買わせていただきます！いくらですか？｣
宇佐美はどことなく確信した。この本がAと門倉の繋がりを完全に断ち切る、たったひとつの物的証拠になりえると。
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作者名：もふもふ | 作成日時：2018年12月4日 12時
