小噺ーカクテルリメンバァー ページ30
鈴の音で扉を開ける日常は、今夜だけ違っていた。外に見える景色は暗く、街の明かりがちらりと灯ったかと思えば一斉に光りだす。夜のヨコハマ。闇がうごめき、光がわずかに侵食される時間。
「いやぁ、夜に来るのは初めてだけど、割といい雰囲気じゃないか」
『お褒めいただき光栄です。
カクテルか、ワイン、ビールもございますが』
「お勧め」
『かしこまりました』
私ももう通って何ヶ月かになる。
もうそろそろ常連として覚えていてくれたようで、少し微笑んで私をいつもの席へと誘導する。
銀髪は昼間より少し暗くなった店内で光り、優雅な印象を持って私を誘惑する。
薄い琥珀色の明かりが照らす店内で、静かにカクテルを作る彼女に少し見とれながら、何を言おうか、考えていた。
「………オーナーは、お酒は強い?」
『ぇっと、どうなんでしょうか。私としてはあまりお酒は飲みませんし、酔ったことも、多分』
曖昧に答えた彼女がそっとカクテルを差し出してきた。
『ウメハイ というカクテルでございます』
「うめはい……」
小さく呟いてもう一度そのカクテルを見つめる。
光に当てると太陽のような橙が際立ち、少し赤みがかかって来る。私はそっとカクテルを飲んだ。
少し苦め。いつも飲んでる珈琲とは違ったこの店の新しい味。
「………美味しい」
その苦味が愛おしい。
それはきっと、オーナーが入れたから。
《太宰》
蘇る声に、そっとグラスを撫でた。
こうすると形も似てるように感じる。昔、三人で飲んだあのバーの、懐かしの酒。
もうなくなってしまった関係の、まだ保たれていた時の味。
甘くて青い、思い出の味。
『太宰様』
名前を呼ばれてとっさに顔を上げた。
全てを知ってるような顔ぶりでグラスを拭いているオーナーは、私の中でも感情や考えが読めない人だった。
だから、だろうか。
感情や考えが読めないからこそ、こちらも何も考えないでいいような気がする。気楽に、道化を忘れ、今だけ静かに、本当の自分を見せられる気がする。
「………夜霜さん、泣いていい?」
それはあまりにも弱々しい私。
懐かしの彼らを思い出して、なくなってしまったことを思い知らされて、悲観するだけの私。
これが、本当の私。
『ええ、勿論ですよ』
そんな私も受け入れてくれる彼女に、今だけ甘えていたい。
本当の私を、思い出していたい。
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四月一日(プロフ) - NamE.薆さん» ありがとうございます! (2017年12月31日 7時) (レス) id: ecd8b49d96 (このIDを非表示/違反報告)
NamE.薆(プロフ) - 四月一日さん» かしこまりました!この小説の続編の方に書かせていただきますのでご覧ください。 (2017年12月30日 23時) (レス) id: 71af860354 (このIDを非表示/違反報告)
四月一日(プロフ) - NamE.薆さん» あ、そうでしたか。では、似たような異能をお願いします! (2017年12月30日 12時) (レス) id: ecd8b49d96 (このIDを非表示/違反報告)
NamE.薆(プロフ) - 薬研清香さん» 申し訳ありません。他の方からのリクエストなので、使用を許可できません。似たような異能をご希望ならお作りしますが、どうでしょうか (2017年12月30日 12時) (レス) id: 71af860354 (このIDを非表示/違反報告)
薬研清香(プロフ) - 37頁のクレヨンを使わせて頂いてもよろしいでしょうか? (2017年12月30日 9時) (レス) id: ecd8b49d96 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:NamE.薆 | 作成日時:2017年10月1日 21時