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第伍拾玖戦 桜 ページ12

「きみが俺を“切り札”と言った理由がわかった。俺でしか長谷部を説得出来んからな。
長谷部、もう一度、あの桜を見たくないか?枯れたあの桜を俺は見たい。だからこの人に賭けてる」

「桜……?昔、主が植えた、あの桜か?」

「あぁ、あの木はまだ生きている……。本丸を再建して手入れすれば、また花を咲かせるだろう」

長谷部と鶴丸の主が生きていた頃、庭に植えた桜の木。今は本丸内が荒れ果て、一見枯れたように見えるが、生命力の強い桜の木はまだ完全には死んでない。その僅かな可能性に、鶴丸は賭けていると語った。
主との思い出を憎き男に汚されたくない。その一心で、鶴丸は長門の手を取った。前任と比べ、己の士道と仁義の名に懸けて決して落魄れないと皆の前で宣言した彼の瞳には嘘偽りなど一切なかった。

「もう一度……」

人間に対するトラウマと、前の主とのジレンマで揺れているのだろう。普段なら凛とした態度の長谷部の肩が、僅かに震えていた。
鶴丸の愁いを帯びた金色の瞳には、拳を握り締め、奥歯を食いしばっている長谷部が映っている。

「長谷部さん。私は無理に契約してくれとは言いません。でも良いんですか?悔しくないんですか。貴方は前の主殿の為に、一人で戦っていたんでしょう?もう貴方は一人ではないんです。貴方を助けてくれる仲間をもっと頼りなさい」

「…………」

まさか新たな審神者に叱咤されるとは、鶴丸も長谷部も予想しえなかっただろう。暫し茫然として審神者の顧みた長谷部に、長門は懐から取り出した“ある物”を手渡す。
それを見た鶴丸と長谷部の瞳が、これ以上ない程見開かれた。

「餞別だそうです。前田君が、大切に保管してくれていました」

「……主」

「全てを失った時より辛いものは無いんですから、せめて生きている間は笑いなさい。今の貴方たちに出来る事ですよ」

目頭から零れ落ちる熱を乱暴に拭う長谷部に、長門は小さく微笑んだ。そして何か吹っ切れたように、深く息を吐いた。

「長門……」

「まさか教え子に言った言葉が、ここでも役に立つなんて……皮肉なもんですね」

どこか愁いたような自嘲したような長門の笑みに、鶴丸はどうして返すべきかわからなかった。きっと初期刀の山姥切ですら、わからないのだろうから、どうしようもない。
しかし彼の言葉で過去にも、そして今でも救われた者が大勢いることは何ら変わりない事実。複雑な事情を抱えながらも前を向いて進む主の健気な姿に惹かれた刀剣男士も少なくない。

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大日戦(プロフ) - ふてんにぶおんぷさん» ハワイの資料館ですか!私も1度は訪ねてみたいです。私の両祖父が軍人だったのと、生まれが広島なものでよく話を聞かされていました。死が正義という時代から、死を望む時代に変わった事については、皮肉なことに国の根幹は変わってないのです…。 (2018年2月11日 14時) (レス) id: e07552d661 (このIDを非表示/違反報告)
ふてんにぶおんぷ(プロフ) - 大日戦さん» あの特攻した人の命を表す『ピイー』の音が、米軍の戦艦に突っ込んだ瞬間に『プツリ』と音が途絶える。その儚さにもう発狂しかけました。国のために命、家族すべて失うことが幸せな訳がないですよね?現代に生を得たから言えることですけど。また長文失礼しました。 (2018年2月11日 14時) (レス) id: 7ca422baae (このIDを非表示/違反報告)
ふてんにぶおんぷ(プロフ) - 分かりやすい解説をわざわざありがとうございます!(敬礼)私もハワイの博物館とかにあった特攻の資料?とか、遺書のようなものを幼い頃見ていました。今でもその時感じた憂いのようなものが晴れません。国のために命を散らすことが正義なんて・・・ (2018年2月11日 14時) (レス) id: 7ca422baae (このIDを非表示/違反報告)
大日戦(プロフ) - ふてんにぶおんぷさん» “のたまう”は、大体『言う』のニュアンスで書いております。目線は第三者のつもりですが、時々刀剣男士になったり、こんのすけになったり、審神者になったりと突然切り替わることも多々あります…。ややこしくてすみません;; (2018年2月11日 14時) (レス) id: e07552d661 (このIDを非表示/違反報告)
大日戦(プロフ) - ふてんにぶおんぷさん» あ、ありがとうございますぅぅ!退役軍人の手記や特攻隊員の遺書を拝見したことがあるんですが、やはり死への概念が今の人と全然違うのに驚かされましたね…。長門ニキは元大佐でも思考は現場寄りなので、デリケートな部分を書いていけたらと思っております…。 (2018年2月11日 14時) (レス) id: e07552d661 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:大日戦 | 作者ホームページ:https://www.pixiv.net/member.php?id=16263880  
作成日時:2016年12月18日 22時

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