弱 者 情 事。【芥川龍之介】

１５･地下牢の会話/別回想 ページ16

元五大幹部の太宰治が捕縛された。





そんな噂が私の耳に届いたのは、あいつが人虎捕獲及び引渡しに繰り出したその日のことだった。


あいつなりに気でも遣ったつもりなのか、今回の作戦で私は本部待機を云い渡されている。正直、あいつの気遣いなんて吐き気を催すもの、受け取る気は更々無い。

けれど今回ばかりはその有り難みを感じていた。情けないけど、どんな顔で話せば善いのか解らないから。





マフィアの肚とも呼ばれる最下層の地下牢。


常に漂うのは湿気と薄明かりと、それからこびりついた血の臭い。余り快適な居場所とは云えず、私は此処に来ることを好まない。





そんな場所に、わざわざ足を運んだのは。







｢やあ、Aちゃん。数日振り」





当然、この能天気な間抜け面上司に合う為に他ならない。

にこやかに手を振る嘗ての上司に冷たい視線と殺気を贈る。これでも横浜の暗部、ポートマフィアの一員。殺気と云う名の贈呈品は凡人とは品質が違うのだ。


……まあ、要するはこれでもかと云う程の殺気を贈ってやったのだが、そんなもので止まるような奴ではなく。





｢何と云うか…………身体のラインが際どい」




挙げ句の果てにはセクハラ発言。

思わず拳銃嚢から二挺拳銃を取り出す。



しかし、それは彼の逆鱗に触れてしまったらしい。凍り付くような眼差しで射抜かれ、意思に反して肩が震えた。為す術もなく彼の要望に従い、拳銃を納める。




それからは完全にあちらのペースに巻き込まれてしまい、さぞ愉快そうにけらけら笑う彼を心の底から呪う。




だがそんな中での中也さんの登場で私のテンションは十二分に上がった。

太宰さんとは違い、純粋に久々の再会を喜んでくれる彼に、私の頬も緩む。何故彼の相棒はこんなにも素敵なのに、太宰さんと……ついでにその部下はああなってしまうのだ。


太宰さんからすると、私が中也さんを慕っていることがかなりショックだったようで、失礼極まりない台詞を湯水の如く並べた後、とんでもない私の泥沼事情まで暴露しようとする始末。





勘違いを引き起こされては困るのでハッキリ云うが、別に私は中也さんに邪な感情は抱いていない。


只、周りにろくな奴がいない私からすれば、彼こそ男性の立派な手本だと思っている。凡ての男性がこうあるべし。……太宰さんに云えば殺されてしまいそう。









呑気にそんなことを考えていた私を、通信機の電子音が現実に引き戻した。


発信相手に『樋口』と表示されたそれに、何故か胸騒ぎを覚えた。

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