135話「知ってるはずなのに」 ページ35
「おかえりなさい」
「ご飯の用意、できてるわよ」
「Aちゃん、おかえり」
家に帰るとせつなさんとみちるさんとほたるちゃんが順に私に言葉をかけるする。はるかさんが後ろで鍵を閉める音がする。暖かくて優しい場所がそこにあった。
ほたるちゃんがお姉ちゃんではなく、あの時の、無限学園にいた時と同じように名前を呼んだ。
「……ただいま」
こぼれそうな涙を必死に溜めていたから、それを言うだけで精一杯だった。
私が直接戦ったわけじゃないのに、押し寄せる悔しさに胸が潰れそうだった。
「ご飯食べよう?今日はね、和食だよ」
「珍しいね。この家だと」
「美味しそうな魚が手に入ったのよ」
ほたるちゃんに手を握られてろうかを歩く。みんな洋食が基本だから珍しいと言えば、みちるさんから説明があった。
「そうなんだ」
「少し値は張りましたが、今日は奮発しましたよ」
「そんなことしなくていいくらい金あるくせになにいってんだか」
「ほんと生意気ね」
せつなさんのまるで節約しているかのような発言に突っ込むと、みちるさんがクスクスと笑う。
話しながら手を洗って、それぞれの席に座った。テーブルの上には、出来たての料理が並んでいる。
我慢できず、四人のことを大して見ないで両手を合わせた。
「……いただきます」
召し上がれ、という言葉を聞く前に、まずは焼き魚を箸で豪快に取り、口に含んだ。
何口か無言で食べていると。
さっきまで疲れと糖分不足で止まっていた脳みそが動き出してきて。
「……う、……ひっ、く」
涙が、一気に溢れ出した。
「……あのね」
「うん」
「知ってる、はずなの」
「うん」
私よりずっと子供であるほたるちゃんに、優しく相槌を打たれる。優しくて、ポロポロと言葉が零れる。
「負けても、もうあんなことにならないのに。……負けた後のことを思い出して。……敗北は死と同じって、……」
「うん」
「そんなことないって、わかってるのに」
「A」
箸を置いた私に、はるかさんが優しく声をかける。
「今日は僕とみちると、三人で寝ようか」
「…………いい、の」
「ふふ。毛布、増やしてくるわね」
「Aちゃん。お風呂入ろう」
「ほたるちゃ、」
「ゆっくり、休もう?」
そう微笑んだほたるちゃんの体も震えていた。私はそのまま席を立ち上がり、彼女に手を引かれて風呂場へと連れていかれた。
「……無限学園、女子バスケ部が彼女に残した傷は、大きいですね」
せつなさんの呟きは、私には届かなかった。
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作者名:白咲ナナ | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/my.php
作成日時:2023年10月22日 1時