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日は沈まないことに気味わるさを覚えながら、禍々しい赤色の下を小さな手を引いて歩く。

空は通りゆく人に人に長い長い影を作って、なんでもない光景を不気味に彩った。人の影は大きな化物に見えて、今にもオレたちを食べてしまうみたいに、口を開けて待っているように思われる。少し後ろで、Aが隠れるように顔を逸らしたのが分かった。

Aは歩いているあいだ、何も話すことはなかった。ただ下を俯いて、オレの手を力なく握りしめただけだった。それはきっと、こいつにとって、残夏の景色が特別な意味を持っているからだ。

『夏の全部が、先輩の亡霊なんだ』

もういつだかは覚えていない、ずっと前なような気もする。久々に顔を上げたAは、涙を含んだ声でそう言った。何かに怯えているようでもあったし、何かに執着するようでもあった。夏の全てが先輩の面影を宿すんだ、月の光が、太陽の温度が、夏に咲いた大きな花が、夏の美しさの全てが、先輩になって自分を苛むのだと。綺麗なはずの夏が、自分を呪うのだと。

__夏が綺麗であってたまるか、とオレは思う。

夏は汚い。

通りかかった空き地、可憐に咲いた彼岸花の向こうで、萎れた向日葵が首を跨げてじっとこちらを見つめていた。ひとくちで自分たちを食べてしまいそうなほど不気味なそれは、きっともう誰の目を輝かせることもなく、人を呪って枯れてゆく。

夏は、残酷だ。

立ち止まった赤信号、夏蝉の死体に蟻が群がって黒い色をしている。その上を綺麗な蝶が羽をはばたかせて見知らぬ顔で通り過ぎていった。安らかなることは許されず、きっと夏蝉は死んだあとさえも綺麗を呪った。

果実を腐らせて、夏蝉を殺して、そうして出来上がったものを夏と呼んだ。
青い空に白い雲、綺麗なものの裏ではいつも不気味なものが見え隠れする。枯れた花の亡霊が、夏蝉の死体が、恨むような目つきをして、オレたちを呪っている。青い空に見とれていたら、虫の死骸を踏んでいた。そんなふうに夏は、綺麗は、見知らぬ誰かを殺して出来ている。

__そんなものをこいつの師匠と呼んでしまうのはあんまりだ。

誰かを殺して、誰かを傷つけて、そうして神様みたいに綺麗でいるのは先輩なんかじゃない。

「夏は、先輩の亡霊なんかじゃねーよ」
 
そう呟くと、Aは手にぎゅっと力を入れて、痛いくらいにオレの手を握りしめた。それは長い長い赤信号の青色に変わるのと同時だった。

◇→←◇



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作者名:常盤千歳 x他6人 | 作成日時:2020年8月25日 10時

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