かくれご/太刀川慶 by( ) ページ17
「けーい、ほら機嫌直せって。忍田さんも許してくれるよ」
忍田さんが怒って、俺が道場から逃げ出す。そして逃げて隠れた俺を捜し出すのは兄弟子のAだった。
俺を見つけるとAの眠そうな黒目がやんわり細まる。
「なんでいっつも見つけるんだよ」
木の上、橋の下、隣町。隠れる場所はいつも違うのにAはいとも簡単に俺を見つける。
「俺が見つけねえとどっかの慶くんは泣いちゃうかもしんねえからな」
「何歳だと思ってんだ」
「青臭い13歳児だろ。それに、かくれんぼは見つけてもらえねえのが1番悲しいんだよ」
「……ふーん」
たくさんのマメが潰れた手でAは俺の頭を雑に撫でた。
「慶、海行くか」
「海?」
「そ。海はいいぞー、なんたって母親だからな」
Aの言っていることはよくわからない。本人も詳しくは説明せずに、乗ってきたママチャリにまたがっていた。
「ほら慶、後ろ乗れ」
サドルのすぐ後ろ、忍田さんが荷物を運ぶのによく使っている部分をAは手で叩く。
道着のまま跨がれば、袴がタイヤに巻き込まれないか心配になった。
「しっかり掴まってろよ。飛ばすからな!」
紫と赤が混じる空にAの笑い声が響く。
人気がない道を通って緩やかな下り坂をまっしぐら。
Aが道路に転がる小石も木の枝も気にせずにその上を進むから、後ろに座る俺の尻は痛い。
「けいー!!」
「なにーー?!」
「海!!!見えてきたぞ!!」
風に乗ってくる磯の匂い。道端に砂が多くなる。
海だ。太陽の光を反射して、青とは違う色の海。
ママチャリをスーパーの駐輪場に置いてから砂浜を歩く。砂浜までママチャリを漕ぐのはだるいらしい。
「あー、足つっら。帰りは漕げねえかもしんねえ。もう漕ぎたくねえ」
「どうやって俺ら帰んの?」
「歩くしかねえよー。金置いてきたし」
俺に漕がせるとかそういう選択肢はないんだそう。兄弟子は俺に甘い。
7月上旬、海開きを控えたこの時期はさすがにまだ人は少ない。
いても釣りをする人だけで、わざわざママチャリに乗ってまで海に来るやつはいなかった。
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作者名:常盤千歳 x他6人 | 作成日時:2020年8月25日 10時