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「あーらしやまさーん! 早く早く! 遅れますよ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ここ書いたら行くから!」
たまたま嵐山隊作戦室の前を通りがかった時、佐鳥の元気な声が聞こえ、その後に聞き慣れたあの声が続いた。多少切羽詰まってはいたが。
そろりと視線をやれば、多分これから広報の仕事なのだろう。嵐山隊の面々が揃って隊長を急かしていた。
「あ、」「‥‥どうも」
私を見つけた彼は、隊員を先に行かせ耳打ちした。「‥‥実は今日、苦手な記者さんと仕事なんだ。今夜いい?」
どうぞ、と頷けば、ぱっと笑顔を咲かせ、「ありがとう! それじゃ!」と駆けていく。
いちいち許可取らなくても押しかければいいのに、といつも思う。あんな子供みたいに嬉しそうな顔をされては、どちらにしろ駄目だとは言えない。こちらから提案したことだから断るつもりも毛頭ないのだが。
「‥‥変わったなぁ、私も」
───
「‥‥あの、いつも言ってますけど、わざわざ差し入れ持ってきてくれなくて大丈夫ですよ」
「いや、これは俺の単なる自己満足だから気にしなくていいぞ!」
「はあ」
「あ、もしかして太るとか気にしてるのか? 最近 妙に夕飯に肉が少なくなって野菜が増えたからな」
彼を家に招くようになってから2か月ほど。
愚痴も含め様々な話をするようになってから、彼は私に遠慮という壁を作ることをやめたらしい。それはそれで構わないのだが。
訪ねてくるのは、決まって18時だった。そしてきっかり21時に帰宅していくのだ。彼が来る日はそのまま夕飯も一緒に済ませている。先ほどの発言はそれを踏まえてのことだ。
家族には訓練で遅くなると言っているようだった。
「‥‥意外と嘘つきなんですね」
「俺は誰も傷つけない嘘なら結構つくぞ」
「そ、そうですか」
そうだ、聞いてくれ!という決まり文句から始まる、いつもの話。
記者の質問がワンパターンで正直飽きたとか、ネット上でたまたま見つけたボーダーへの意見が独りよがりでムカついたとか、嵐山信者あたりが聞いたら卒倒しそうな内容だ。だからこそ、私がこうして耳を傾けているわけだが。
───私は、彼の太陽になれているだろうか。いや、私にそんな役回りができるとは思っていない。
けどせめて、暗い夜道を照らせる月くらいにはなりたいと望んでもいいだろう。
誰も彼に手を差し伸べなければ、彼は本当に神さまになってしまうから。
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作者名:常盤千歳 x他6人 | 作成日時:2020年8月25日 10時