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息のように、小さく声が漏れた。あまりにも小さくてか細いものだったので、自分でもなんと言ったかよく分からなくなりそうだった。
「……うそ」
「つまらない嘘は吐かんよ。今は姿を見せられないけど、ちゃんと迎えにきたでござる」
どうしよう。我慢しなくちゃならないのに、とめどなく涙が溢れ出てきた。私は懐から手拭いを引っ張り出して、必死に涙を拭う。
隣に立っていないのに、どこにいるかも分からないのに、声が聞こえただけでこの有様だ。それに、温かさも感じる。
「明日は名椎の浜に行かねばならぬ。だから、今すぐには迎えに行けないでござる。しかし心配は無用、拙者がどういう男かお主も分かっているであろう?」
「えぇ、よく分かっています。迎えに来てくださいね、ちゃんと……。私、お狐様と待っていますから」
「感謝するでござるよ、A。お狐様と、数日待っていて貰えるか」
嬉しくて、返事の声も出ない。一生懸命頷いて、同意の意志を示した。必死の同意が彼にも届いたのだろう、ふっと笑う声が聞こえた。
「もう少しの辛抱でござる。もうすぐで、会えるでござるよ」
彼の優しい声はそこで途切れた。呼吸も上手くできないほどに、涙が溢れていた。拭うための手拭いは良く湿っていて、涙を乾かすには向いていなさそうだ。
私はふらふらとした足取りで帰宅し、体調が悪いからと直ぐに横になった。故に、夕餉には参加しなかったが、それもどうでもよかった。
彼に会える喜びだけが、私の心を支配していたから。
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それから、私は毎日お狐様の前で彼を待ち続けた。随分と長い間彼は来なかったが、それでも私は待ち続けた。
彼が稲妻にいて、迎えに行くと明言したのだ。彼は絶対に裏切らない。両親を騙して、友人だったお嬢様の誘いを断って、彼を待った。
その間は、いい噂を聞かなかった。
やれ璃月の海賊が戦に介入しただの、やれスネージナヤの執行官に一太刀が振り下ろされただの、やれ金髪の異国の少年が目狩り令を停めただの。
どうせ鎖国は終わりやしないし、海の向こうの雷雨は止みはしない。神の目が戻ってくるだけで、いつも通りと変わらないのに、よくそんなにはしゃいでいられるものだ。
馬鹿馬鹿しい、と周りの人間の陰口を心の中で叩いていると。
「長く待たせてしまった。今度こそ、Aを抱きしめられるな」
柔く私を包み込む1本の楓。落ち葉で私の姿を晦まして、風のように連れ去っていった。
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