At that time8-5 ページ12
「―――――父が好きだったキルケゴールの言葉よ」
真っ暗な部屋の中
璃華子の父が描いた絵画を飾り、独白を述べた。
ベッドの上には、膨らんだ布団が見える。
相手の反応を無視して独白を続ける。
「『人間は動物よりまさっているからこそ、言い換えれば人間は自己であり、精神であるからこそ、絶望することができるのである』」
絶望を知らなければ希望もない。
王陵牢一の絵画の題材にバラバラの人体が多いのは
自己に抱えた矛盾の象徴である。
そんな牢一を璃華子は尊敬していた。
「芸術家としての義務を自覚して啓蒙としての創作姿勢にこだわり続けたあの人は、本当に素晴らしい絵描きだったと今でも思っているの」
父親として、芸術家として尊敬していた。
だからこそ、生きる屍になってしまった彼に
苛ついて、どうしても許す事が出来ない。
「……昨日ね、父が亡くなったの。もうとっくに死んだも同然の人だったけど、とうとう心臓まで本当に止まっちゃった」
勝手に芸術家としての務めを放棄した。
義務や啓蒙としての創作姿勢にこだわり続けた牢一はいない。
そんな父に、涙なんか流せるはずもなく悲しくもなかった。
璃華子は、ベッドの布団を綺麗に剥ぐ。
「でも大丈夫。悲しくなんかないわ」
布団を剥ぐと、一糸纏わぬ少女が姿を現す。
璃華子の声に何の反応も見せようとはしない。
「父の務めは娘の私があなた達と一緒に果たしていくのよ。素敵だと思わない?ドキドキするよね―――――――葦歌さん」
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作者名:Mermaid | 作成日時:2017年7月28日 21時