絵 空 事 【限定短編集】

＊ ページ8

何しに来たのか。
考えて、あぁと呟いた。
体の向きをぐるりと変えて、来た道を戻る。


渋谷に出来た、あの大きな建物が出来たとニュースになったのはいつの話だったか。
それでも、今まで一回も来たことがなかった。
何故か、行ってはダメだと思っていたのだ。


けれど、今日。
あの日の約束を、果たしに行こうと思う。





「…涼しい」





涼しい。
気温は30度を余裕で超えて、それに人も多い。アスファルトのお陰でもっと暑くなる。
そんな場所にさっきまでいた自分が馬鹿だったと思えてくる程天国だった。


やっぱり何しに来たんだろう、涼しいと思ったと同時に思った。
香水の香りが鼻孔を掠めて、少し苦手な場所だと苦笑した。



ぐるぐると店を回る。
もし彼女がいたら。
どこに行く？どこに行きたいと言う？
彼女が好きそうな店を探して、虚しくなる。


どうしたって、彼女はいないのに。




『帰って来たら、新しく出来た建物…何だっけな、渋谷に出来たやつ。あそこに、連れて行ってほしいです。』





.





夏が来れば毎回、思い出す。
あの、手紙を。

高校生の時だった。
家の用事で夏休み中は京都に行くのだと聞いた時の落胆ときたら。
それでも、夏休み半ば届いたあの手紙。



京都らしい、綺麗な和紙。
書かれた文字はとても綺麗だった。
何度も読んで、今か今かと待ちわびる姿はそれこそ幼児がプレゼントやらを待つ姿と酷似していただろう。


そこで、終わっていれば良かった。
あの手紙を貰った時が始まりなら、読んだ時が最終回。
なんて短い話なんだろう、と。
そんなドラマ誰が見るんだろう、と。


馬鹿らしい事を考える暇があるなら、早く認められれば。


少しは楽になれるのに。

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