絵 空 事 【限定短編集】

＊ ページ17

月が綺麗ですね

愛してるを訳すなら、きっとこれがいいと夏目漱石は教え子に言ったそうだ。
私に文学的な才能はないから、どうしたら月が綺麗と愛してるが繋がったのかはわからない。

それでも、この例えは素晴らしいと思ってしまうのは日本人だからだろう。



ねぇ、なら。
おはようございますは、何と訳せば良いのだと思う？





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誰もいない部屋で目覚める朝は苦しい。

冷たくなったシーツを手繰り寄せて、既に目は覚めているのに頭から被れば
失いかけた熱が少しだけ戻ったような気がして、唇を噛み締めた。



紛れもなくここは私の部屋。
社会人二年目の、安い給料で払えるような規模だけど少し小奇麗なマンション。
一人暮らしをしたのは、元々憧れていたからというのもあったけど。
単純に、一人になりたかったのだ。

何もかも、疲れてしまったから。
だから、一人の世界に浸りたかった。






「おはよう」






出来合わせだけど、スープとサラダ、それからスクランブルエッグ作ったからトーストでも焼いて食べろよ
ほっとくとめんどくさがって何も食べねーだろ？
心優しいセンパイが作ってあげました(笑)

おはよう。



テーブルの上に置いてあった手紙を読む。
鼻歌混じりにキッチンに立つあのひとが容易に想像出来て、なんだかムカついた。

おはよう。そっと口にして、紙を破く。


何物も、残してはいけない。
嘘は、いつか剥がれてしまうから。
剥がれ落ちたそれが真実になるなら、どうなるのだろう。
きっと、どうもならない。



ラップに包まれた朝ごはんを一瞥した後、食パンを片手にキッチンへ向かう。
トースターにかけて冷蔵庫から飲み物を出す。

暖房のついてない部屋は驚く程寒いけど、何故かそれぐらいが丁度いいのだ。


お湯でも沸かして、紅茶やらコーヒーやらを煎れられるなら良かったけど
生憎、私は面倒なことが嫌いだから無理だとスープをレンジしていれば、早速吐いた嘘に自嘲じみた笑みを浮かべた。



面倒なことが嫌いなら、とっくに貴方を殺してる

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