【銀魂】花一匁 参

第百二十訓　後悔 ページ27

それは煙と共に消えた あの男の事を指しているだろうか。

物思いに耽るお登勢を見据えた。

此方の視線に気づいた彼女は曖昧に笑う。

「ちょいとばかり話し過ぎたね。年寄りの説教は長いんだ。勘弁しとくれよ」

そういうと、彼女は酒を仰いだ。

それを横目に、フッと笑う。

きっと この人は豊かな人生を送ってきたんだろう

愛しい人と出会って、別れて

すれ違う事もあったのだろう

ぶつかる事もあったのだろう

だけど、それに勝るくらい多くの幸せを得たのだろう

積み上げてきた記憶が、彼女の中で生き続けているのだろう

ふぅと吐息を漏らし、空を見上げた。

「‥‥文句の一つでも言っとけばよかった」

はじめて想う、感情。

長く生きているというのに、こんな事すら気付けなかったのか。

こぼれ落ちた感情に、戸惑い、呆れた。

だけど、口にすれば案外すんなりと受け入れている自分もいる。

朧が松下村塾に姿を現した あの日。

全てを決めてしまった貴方。

頷く事しかできなかった私。

「‥‥喧嘩にすら、ならなかった」

もし、あの時 貴方が下した決断に異を唱えていれば

今が、未来は違っていたのだろうか

ふと、湧き上がる疑問。

もし、そうであれば 私は今、何処にいたのだろう

歪な温もりの中で微睡み、鵺として 彼の隣で 世界に引導を渡そうとしているのだろうか

水面に映る己の姿は、酷く滑稽に映った。

ありもしない“もし”を夢想し、自嘲する。

きっと、今 この胸の中を占める感情こそ、彼女のいう“後悔”というものなのだろうか。

再び酒を呷ると「A」と名を呼ばれる。

目線をやると、優しげな眼差しが向けられていた。

「あたしゃ この街を護る側の人間だから、アンタが敵側につく後押しはしてやれない。だがね、敵味方の関係にあるとはいえ、まだ間に合うのなら、せめて喧嘩の一つぐらいしときなよ」

私に母親はいない。

あの子にとって、母で在れたのかも今となっては解らない。

だけど、もし私にそんな存在がいたとすれば、母と呼ばれる理想像があるのだとすれば

きっと、彼女のような目をした人なのだろう。

燗のされた徳利を掴み、空になった彼女の杯へと注いだ。

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