第203話「少女の兄」太宰治 ページ15
私は大きく深呼吸をすると、扉を開く。
……すると、いろはに泣かれている蛞蝓改め元相棒が、そこに居たのである。
いろはは私に気が付くと、目を輝かせて抱き着いてくる。
「……おっと。」
「……お兄ちゃんじゃ、ない。」
私の声を聞いたいろはは、再び今にも泣きそうな顔をして離れていく。
「……“お兄ちゃん”?」
「……太宰、ちょっとこっち来い。」
思わず聞き返す私に、中也は真剣そうな顔で私に向かって手招きする。
私は「中也の癖に」と少し口を尖らせながら、従うことにした。
「……太宰、いろはに兄が居たこと、知ってたか?」
「……いろはに、兄が?……“居た”ってどういうことだい?」
そう返した私に、中也は肩を落とした。
……失礼だと思う。蛞蝓の癖に。
「分からねぇ。いろはは「兄が居る」ッて云ってたが……いろはの兄なんて存在しない……厭、正しくは「死んでる」ンだよ。俺らがいろはをスカウトしに行った孤児院に入る、前の話らしい。……でも、いろはは「生きてる」ッて云いやがる。特徴を聞いてたら手前しか当てはまらねェ。だから樋口に頼んで連れて来て貰ったンだが……違ったみてぇだな。」
「……成程。じゃあ私の事が判らなかったのは?」
「記憶喪失ッてヤツらしい。俺の事も、首領の事も覚えてなかった。」
「ふむ。」
中也からの説明に、私は考え込む。
詰まり、落ち込んだ表情でソファに座り込むいろはは、いろはであって私達の知るいろはでは無いと云う事になる。
恐らく、いろはの兄が死ぬ前の記憶までしかないのだろう。
「……分かった、じゃあいろはは私が連れて帰るよ。」
「そうしてくれ。俺はいろはに何があったのか、調べておく。何か判れば追って連絡する。」
「嗚呼。私は解決策を探っておこう。」
私たちはお互いに頷き合って、其れから私はいろはに微笑みかける。
「こんにちは、いろは。怖かっただろう?でももう大丈夫だ。私が君を守ろう。」
「……貴方は?」
「私は太宰。太宰、治だ。君を護る、騎士さ。」
今のいろはに、今までの力は無い。
……なら、彼女を護るのは、私しか居ない。
膝をついて、まるで御伽噺の王子様の様にそう云った私を、
5人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:業猫 | 作成日時:2020年1月6日 15時