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自分がもう、引き返せない場所まで来ていることには気づいている。





もしかしたら80歳のお爺さんかもしれないし、自分よりまったく年下の少年かもしれない。

彼が男性だという保証はなく、女性かもしれない。

それでもわたしはいとも容易く、あの音の主人を慕ってしまっていた。





弦を弾くその指______手の形すら知らないのだが______それが肌の上を這うさまを想像するたび、暗い襞の奥の泉が潤うのを感じる。

気がおかしくなるのだ。

一刻も早くあのひとの音をききたいと、身体の奥深くまで触れてほしいと・・・願ってしまう。









それは気まぐれが起こした偶然で、あるいは運命だった。









わたしが街に出るのは日曜日だけだった。

普段は田舎の港で、魚の目玉と海鳥の嘴を標本にする仕事をしている。

日曜には工房を閉め、電車に乗って小一時間ほど先の街に出向き、買いものを済ませてからあの店に立ち寄る。




今日は同居する妹からの頼まれものが多く、わたしはいつもより二時間ほどはやく港を出た。

まだ新鮮な朝の空気を残す街。

ブティックに寄り、本屋に寄り・・・街の中心の時計台に差し掛かったときだった。







わたしは一目で彼だとわかった。







彼もまた、わたしの存在に気がついているようだった。







広場の噴水を見上げていた青年。

ハットを被り、背にはギグバッグをおぶさって。

黒のベストから伸びるワイシャツの袖に、金色のカフスボタン。







わたしは言った。





「あなただったのですね」







青年は微笑む。

すこし照れくさそうに______彫刻のようにきれいな顔をほころばせ、笑う。






「やっと逢えた」






低く、透きとおった甘い声。

いらっしゃいませと、いつもおだやかに語りかけてくれたあの声。





彼はおもむろに歩み寄ってくると、その手で・・・わたしを掻き乱すその指で、わたしの頬に触れる。

思わず息をついた。

夢にまで見たこの手、この指。






「ずっとあなたを想っていました」






わたしは言う。

彼はまた、微笑む。

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べに(プロフ) - ココナッツさん» うわあああああココナッツさん!ありがとうございますわたしも好きです(T T) (2018年3月14日 18時) (レス) id: c68c31e30a (このIDを非表示/違反報告)
ココナッツ(プロフ) - うわああああべにさんっ!うわああああ…(ワケわからなくてごめんなさい、汗)…好きですっ! (2018年3月14日 15時) (レス) id: d0c3580366 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:べに | 作成日時:2018年3月13日 0時

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