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Aはそれですべてを察した。姉の言葉の、それ以上を聞く前に、反射的に口をついて出たのは、「もういいよ」という拒絶の言葉だった。
鈴は、やっぱり見通していたようで、驚くこともなく、体を固まらせることもなく。
まるでそう言うと思っていた、とでも言いたげに、「分かったわ」と一言だけを口にした。
鈴は、Aを守るために、自分自身を生け贄にしたのだ。
組織内に1人、その種族がいれば、わざわざ外に別の個体を捕まえに出る必要もなくなる。Aがもしもの事態に陥る前に、自己犠牲という形で、鈴は先手を打った。その為に、ただその為だけに、彼女は裏切りをおかしてまで、イルミナティに自分を売ったのだ。
怒りは湧いてこなかった。
この胸にあるのはただ、悲しさ。
……姉さんは。ヴァチカンでの自分の仕事に誇りを持っていただろうに。それを。それを、彼女の誇りを汚してしまったのは、……。
「一番最初にも言ったけど」
思考をぶち切るように声がした。実際、ぬかるみに嵌りそうになっていた思考は途切れた。
「私、この話はするまいと思ってたのよ。恩着せがましくなっちゃうっていうのもそうだけど……」
言って、頬杖をやめて、鈴は身を乗り出すようにして、Aを見た。
「……あなたは、昔からだったけど、悪い方向に考えるのが得意だし。それに、大人になってからは自罰的にもなったわ。全部全部、「自分のせい」で片付けて。自分への罪の上塗りがうまくなって。だからこんな話をしたらきっとあなた、自分を責めるだろうと思ってたけど……、当たりだったみたいね、やっぱり」
ネガティブで、自罰的。確かにそうだ。いや、確かになんて言うまでもなく、俺はずっと、そうだった。
思わず目線を下に向けかけたAの額に、ごちん! と鈍い音を立てて何かが当たった。……固くて痛い。
「いてっ」
何かと思ったら、鈴の額だった。いわゆるこれは、頭突き、だ。
「感謝されたくてやったわけでもなければ、自分を責めて欲しくてやった訳でもないわ。私はただ……。……あなたが、今まで辛い人生だったあなたが、せめて少しでも煩うことなく生きて欲しくてやったのよ。……だから、お願い。自分を責めないで」
額を合わせられたまま、姉の薄くて小さい手が後頭部を撫ぜる。潤む視界で前を見れば、姉の美しい、ルビーみたいな赤い目が見返してくる。
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うたプリ大好き?(プロフ) - 続き気になっています この作品はもう更新されないのでしょうか? (2020年12月10日 3時) (レス) id: 48370e286a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アオ | 作成日時:2017年12月5日 22時