203 夢。 ページ3
◆
一方その頃。
「おい」
Aは、ハッと弾かれたように声の方を向いた。ぼうっとしていて、今まで何をしていたんだったか、目の前の誰かが何を言ったのだったか、認識が追いつかない。
というか、今目の前にいるのって、いったい誰__だった、っけ、……。
「お前、人の話聞いてた? 今の、割と重要な話だったんだけど、ねえちょっと?」
「__」
ああ。
これは夢だ。
Aは、目の前の男の顔を見た瞬間に確信した。現実ではなくて、これはそう、疲れた己の脳が見せる、短い夢。もはや叶うことのない、虚しい願望。憧憬。切望。
死んだ神崎ハヤトが、Aの目の前に立っていた。
そんなのはありえない。だからこれは夢なのだ。夢を夢と認識している、これは明晰夢。俺は今、夢の中で、彼の人と会話をしている。
ふりふり。目の前で振られる大きな手に、真っ白になった思考が引き戻された。ああ、ゴツゴツしている大きな手、懐かしくて、寂しくて、少し悲しくて、じわりと目元から滲むものを感じて、思わず下を向く。
「お、おい、お前、大丈夫か? いや、さっきは大きい声出して悪かったけどさ、な、泣くなよ……頼むから……」
おろおろと両手をさまよわせる。この人が今目の前にいることが信じられなくて、もちろん夢なのだけれど、でもやっぱり、嬉しくて、悲しくて、涙でキラキラ滲む視界を、いっそ覆ってしまおうと思った。
目を瞑る。泣くつもりはなかった、泣きたくなんてなかったけど、勝手にしずくが零れてしまった。ぼろり、ぼろり。大粒の涙が地面に降って、五百円玉くらいのシミを作る。
今はきっと、この夢はきっと。
あの時、7、8年前だったっけ、もしかしたらもっと短かったかも、長かったかもしれないけれど。
俺を、私を、あの村から、あの地獄から、救い(掬い)出してくれた、あの時の夢だ。
そうだった。
あの時、水龍に乗って飛んで来たこの洞窟の中で。あなたは薄暗くてひやりと冷たい洞窟の中で、俺にこう言ったのだ。
「俺と来ないか?」
きっと同情だったのだろう。
それでも良かった。哀れまれているのでも良かった。ただの気まぐれだって良かったのだ。
天に座して手を差し伸べてくれない神様や仏様なんかより、私にとって、俺にとって、何よりも優先すべき、尊敬すべき、崇拝するべき神は彼になった。
今この瞬間に。神は俺の目の前に。気づけば口は言葉を紡いでいた。
「いく」
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うたプリ大好き?(プロフ) - 続き気になっています この作品はもう更新されないのでしょうか? (2020年12月10日 3時) (レス) id: 48370e286a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アオ | 作成日時:2017年12月5日 22時