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『思ったことないかなあ』
「そっか」
『志麻くんは?』
と聞けば、すっと彼が起き上がって
私の頬にするりと手が触れられた
夏なのに、やけに冷たい手
彼と視線が交わると紫紺色の瞳に吸い込まれてしまいそうで。
ぽた、と頬から伝った汗が畳に染み込む
「わかってるくせに」
そういった彼から視線を逸らして、俯いた。
室内全体に撒き散らされた液体。鼻の奥にツンとくるような、そんな、ガソリンの匂い。
あぁ、あつい。
ふと、彼の方へ視線を戻しても彼の瞳が揺らぐことなんてなくて、私も自然と彼と一緒なら怖いという感情をあまり感じることはなかった。
全くないってわけじゃない。ただ、少しってだけ。
「こっちむいて」
私にそんな考える暇を与えることもなくキスが交わされる
何度しても腰が抜けるような感覚は慣れることはないのに
ただひとつだけ。
染み付くような彼の甘い香水の匂いだけは、慣れなかったはずなのに今日は感じない。
それは、まるで自分の匂いがわからないのと同じようにずっと一緒にいたからか、はたまた、この部屋に撒き散らされた液体か。
まぁでも別にもう全部どうでもいい
『すき』
「俺も好き」
いつもなら絶対言わない好きな言葉も言ってくれて
今日はやっぱり特別。
みんなは知らない特別な時間、私と彼だけの。
『もう3時になるね』
そういった後、カチ、と音が鳴って
彼が持っていたものが床に落ちた
無理心中なんてさ
正直馬鹿げた話だと思ってたんだけど
するりと繋がれた手と、ふと目があった時に小さく微笑む彼の笑顔を見たらそんなことどうでも良くなって。
あなたとなら、なんでもいいやって
ずっと一緒にいれるならどこまでもついて行こうって。
きっとこれは俗に言う依存ってやつで。
繋がれた手を解いて走り出せば、この焼けるような感覚も焦げ臭い匂いもなにもかも無くなるはずなのに
私は、なにもできなかった。
嗚呼、
ほんと、ぜんぶあつい。
薄れていく意識の中で手を繋いだ先にいる君のことすら見えなくて、視界も曖昧で、大好きな志麻くんがいるかどうかもわからないのに
夏の匂いと蝉の声だけは変わらずにずっと、そこにあった
まるで夏に置いてかれたように。
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『なにもかもきっと、冬のせい skt』
なにもかもきっと、冬のせい skt→←君が好きで目まぐるしい。sm
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作者名:タシア松 | 作成日時:2023年1月15日 21時