「」I miss you…【MS】 (ページ3)

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僕が大学三年生の頃、年上の友人がパートナーと始めたカフェの開店パーティー。そこに、その人はいた。正確には、いたらしい。僕はその場では彼を認識していなかった。会話も交わしていないし、見掛けたかどうかも記憶になかった。
同じ場にいたと知るのは吐く息が白く手の悴む、ある日の大学からの帰り道だった。バイト代が出たから自分に御褒美だと大型書店で小説を何冊か買って、どれから手を着けるか考えながら店を出たところで声を掛けられた。

「ねぇ、おにーさん」

「はい？」

「おれたち会ったことあるよね」

何だこの人、それが第一印象だった。同い年くらいに見えたから、大学の何かの場で一緒になったとか構内で見かけたとかかなと思いつつ、どこでと問うた時にパーティーの話をされて背筋が凍った。それまで普段の格好をしている時にマイノリティとして知り合った人に気付かれた事は無かったし、逆もまた然りだったというのに。後にも先にも、気付いたのはこの人だけだった。
夕暮れ時だったからそのまま飲みに行って、僕は初めて自分が見た目を変える理由を他人に話した。僕より三つ年上でレンタルビデオ屋とコンビニのバイトを掛け持ちしているフリーターだという彼は、普段の格好の僕の方が黒猫みたいで好きだと言った。

それから普通に友達として仲良くなって、よく一緒に過ごすようになった頃。僕は相変わらず何人かと関係を持っていたけれど、彼とはキスの一つもしなかった。
どちらかの家でそれぞれ好きな事をして、例えば僕は読書をして彼は絵を描いて。そんな風に過ごしていた或るありふれた日。

「潤くんさぁ」

「ん？」

さらさらとペンを走らせる音がしていた。僕はページを捲る手を、止めた。

「おれと付き合おーよ」

その視線は紙から一切離される事なく。僕だけが一方的に視線を送っていた。

「どうして、」

「おれ、潤くんといるときだけが心地いんだ」

僕といるとき“だけ”というのを何度か頭の中で繰り返した。
よし、と満足げに言って眺めたあと僕にくれた、完成したての絵。まだ塗ったばかりの箇所は鮮やかなインクが乾きゆく最中、そこには前足を伸ばす黒い猫と尾鰭が華やかな青い魚が描かれていた。

「おれのこと食ってもいーよ」

彼は、釣りも好きだった。