□95.特別なんかじゃなかった ページ15
***
言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くす私の横を通り過ぎ、
荷物を持って玄関から出ていく直輝。
…止めなきゃ…、止めなきゃ、彼を止めなきゃ…、
頭では分かっているのに、
足が、口が、頭が、全く動かない。
.
ついに出ていってしまった背中を見て、
ｶﾞｸｯ…っとその場に座り込んでしまった。
あれ…、息って、どうやって吸うんだっけ…？
あれ…、おかしいな、
吸っても吸っても呼吸が出来ない。
私の周りだけ酸素無くなったのかな…？
.
“邪魔”
“関係ない”
“君はただの道具だ”
“利用価値が無くなったらすぐに捨てる”
震える手で耳を塞ぐけど、
さっきの彼の声が耳にこびりついて消えない。
.
.
…わかってたよ、私は…、ただの道具。
彼に利用される存在で、
価値がなくなったらすぐに捨てられる。
出会った時からそういう約束だったし、
私もそれを甘んじて受け入れていたはず。
…なのに、
.
｢………ｯ…〜…｣
.
“俺もAといられて嬉しい”
“大事にしたいなって思う子に優しくしてるだけ”
“俺はAが大切だよ”
“大事なの、分かって”
“命をかけても守りたい人を守るため、かな？”
“………離れられなくなってるのは、俺の方だよ”
“……煽りすぎ…、”
.
彼がくれた優しい言葉が、
そのトーンや息遣いが、
抱きしめられた腕の力強さが、
暖かい体温が、
頭を撫でてくれた手のひらの大きさが、
1度だけ触れた唇の熱が、
押し倒された時の熱っぽい目が、
.
“特別だよ”
って言われているみたいで、
…自惚れていたんだ。
***
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作者名：紙兎
| 作成日時：2020年3月16日 7時
