36 吉原へ ページ41
「すぐにお家に連れて帰ってやるからな。
もうちょっとだけ辛抱しろ。」
さっき松本に『ぶっ殺す！』だの『覚悟しやがれ』だの言った
底冷えのする声とはまったく違う
二宮の甘い甘い囁き･･。
その二宮の言葉に素直にうなずいたみやびは
また目を閉じて
そのまま、すうっと眠りに落ちていった。
そこに
「旦那！
力のありそうな生きのいい若い駕籠かきを
連れて来やした！」
おツル婆ぁが
転げるように駆け込んできた。
それを聞いた二宮は
松本に向かって顎をしゃくり
「乗れ。」
と言った。
その短い一言には
どうにも歯向かえない強さがあり
松本は
フラフラと立ち上がった。
この時
逃げようと思えば
駕籠に乗るふりして逃げれただろうが
松本は
自分の背中に感じる
二宮の刺すような鋭い視線にがんじがらめに囚われ
逃げるだなんて
これっぽっちも考える余裕もなく
自分んから
吸い込まれるように駕籠に乗り込んでしまった。
松本が駕籠に乗り込むのを見届けた後
二宮は
駕籠かきの若いのに手伝わせて
ぐったりしたみやびを駕籠に乗せてやった。
その際
駕籠から転げ落ちないように
駕籠の中にぶら下がっている掴まり紐に
みやびの細い手首を
「ごめんよ、みやび。ちょっとの間だから辛抱しろよ。」
と言いながら
自分の羽織の細引紐でゆるく括り付けてやった。
そうしてようやっと
自分も駕籠に乗り込もうとした時に
若い駕籠かきが
「旦那、どこに行きやしょう？」
と二宮に行き先を尋ねてきたので
二宮は
一言、こういった。
「吉原へ。」
その一言に
駕籠の中の松本も
その傍らに立ち尽くしていたおツル婆ぁも
ぎょっとなった。
しかし
そんな二人の驚きなんざ
まるっときれいに無視して
駕籠かきは
「ハイよ！」
と威勢よく返事をし
店の周りに何事かと集まってきていた大勢のやじ馬どもを
「どいたどいたぁっ！」
とかき分け蹴散らし駆けだしていった。
その後ろ姿を呆然と見送っていたおツル婆ぁは
「よ‥、吉原って、なんでまた、そんな所に？」
と
呟いたが
ここで急に黄ばんだ白目をぎょろりと剥いた。
「ええ、ちくしょう！
潤坊にあの子が男だったか女だったか聞くのを忘れたよ！」
と地団駄を踏んだが
いくら悔しがっても後の祭り。
おツル婆ぁにとって
永遠の謎の美少女を乗せた駕籠は
あっという間に浅草寺の境内を駆け抜けて
もう見えなくなっていた。
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作者名：はっしー
作成日時：2018年5月16日 0時
