【文スト】其の女優の行く先は【アクタージュ】

不安と優しさ。 ページ26

肩の怪我は全治2週間だと云われた。



本当だったら1ヶ月半もかかる重症だったけれど、マフィアの優れた医療技術なら、2週間で治せる、らしい。



其の話をしている間、芥川さんの眉間にはぎゅっと皺が寄っていた。私はおずおずと尋ねる。



『あの・・・何か、あったのですか』



芥川さんに尋ねると、彼はほんの少し眉を上げた。



「・・・貴様に云って善い物か判らぬが」



彼は険しい顔で、言葉を続けた。



「貴様の同業者と名乗る男に出会った」



頬が引きつった。



自分の表情を自分で操れない程に動揺するのは久し振りだった。



『・・・其の男性の名前は、』



「・・・明神阿良也と云った」



聞こえた名前が「星アキラ」でなかった事に一瞬安堵して、其の後で阿良也さんの事を思い出した。



劇団天球の関係者の皆さん、特に阿良也さんにはとてもお世話になった。



皆とても楽しくて明るい人達で、1度だけ彼等と同じ舞台で演じた時の事は、私の大切な記憶だ。



『・・・阿良也さんは、何と』



緊張して私は尋ねた。



「・・・臭うと云った」



出し抜けな其の言葉に、私は思わず少し眉を寄せたが。



「血臭の様な物騒な臭いがすると云った。・・・貴様の事を物騒な世界に引き込んでいれば、許さないとも云った」



其の言葉に、胸が強く痛んだ。



阿良也さんは私を案じてくれていたのだ。



そんなありふれた事が、芸能界に用済みを言い渡された私には、信じられない程嬉しかった。



『阿良也さんっ・・・』



意思に反して零れた震え声に、芥川さんが少し戸惑った様な気配がした。



「・・・大丈夫か」



『・・・はい』



駄目だ。笑え。心細く感じて仕舞った事を悟られてはならない。



私は、役者なんだから。



完璧な微笑を形作った、つもりだった。芥川さんは少し黙って、それから云った。



「・・・傷が痛むなら、無理をされても迷惑だ。僕は報告がある故席を外す」



早口気味に云って、芥川さんは部屋を出て行った。



彼の少し見当違いな台詞は、態とだと判っていた。



だから私は、追い討ちの様な其の優しさに、遂に感情の歯止めが利かなくなった。



『っく、う、ああ・・・』



本当はずっと不安だった私の、食い縛った歯から嗚咽が漏れて、寝台のシーツに幾つか染みが落ちていった。

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