其の6 ページ9
「おつかれっしたー」
「お疲れ様〜!」
「おつ」
残業する他の社員に早々と別れを告げたAは、久々に夜の街へと繰り出した。バイクで東京のキラキラした街並みを颯爽と駆け抜ける。
彼にはこのあと用事があった。珍しく残業を残さず仕事から撤退したのはそういう訳である。
「……外苑に出向くの、久々だな」
ヘルメットの中で独り言を漏らし、Aは曲がり角を丁寧に曲がる。向かっているのは神宮外苑。球場に向かうわけではなく、かつての仲間にそこを指定されただけである。
AはAで、夢を見ることがしばらくなかった。初めて山田哲人の夢を見てから既に半年近くが経っているが、元々彼の夢を見るのは不定期だった。最近が多かっただけだ。
最後、あの寝落ちしたときに見た夢から、1か月が経とうとしていた。季節は春になろうとしている。とはいってもまだまだ寒く、Aも革ジャンを着込んでいた。
「よう。久しぶりだな」
「久々だなっ、A。コイツの調子はどうだ?オレがメンテするか?」
「いや、遠慮しとく。お前に任せると変に改造されちまうからな」
伸ばした髪をひとつに括った、Aと同年代の男はサングラス越しに大声で笑った。
明らかに見た目が怖いふたりは、どっかとベンチに腰かけた。周りに人は誰もいない。
「あいつらはなんかやらかしてないか?」
「いいや。お前の教育が良かったんだろう、真面目に働いてるぜ。俺もなかなかに助かってる。流石は神宮外苑最恐の元総長サンってとこよ」
「やめろよ。おれは成り行きだ。元々はお前が束ねてるはずだったんだぜ、今の今までな」
Aは顔をしかめつつも、彼の咥えたタバコにライターで火をつけてやる。「タバコやめたのか?」と問われた。「随分前にな」と返す。
「お前、どんどんマトモになってくな。まぁそれはいいんだ。久々に話がしたかっただけさ。元総長にも悩みはあるってことでね。聞いてくれるか?」
「いいよ。お前と話すのは大歓迎だ。本当に久々だからな」
Aはそう言って笑った。
サングラスの男とAの楽しげな話し声が、しんと静まり返った神宮の外苑に響き渡った。
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