其の32 ページ42
カランカラン、とベルが上の方で鳴るのを聞きながら、Aはドアを開けてふらふらと階段を下りた。そのまま唸りながら道端に腰掛け、壁に背を預ける。
焼き肉屋を出てから何軒店を回ったか、Aはもう覚えていなかった。
「なんでこんなに飲んだかな……」
時計を見たが、針が歪んでちゃんと見えなかった。深夜であることは間違いないようだ。まるで世界にひとりだけ取り残されたようだった。不安になって思わず立ち上がると、足がふらつく。
「う……気持ちわり……」
身体が重い。思考が今にも止まりそうだった。歩こうにも、地面を踏みしめた途端に均整がとれなくなる。そのままふらふら、ふらふらと、Aは当てもなく歩きだした。途中で物体を見つけては、もたれかかりながら。
「……うえ、う、あ」
吐き気が一気に襲ってきて、Aは思わず上を向いた。喉まで来ていた胃の中の食物が戻っていく。そのままその場にぺたんと腰を下ろして、Aは霞む目でキラキラと輝く街の灯りをぼうと眺める。あまりにも綺麗だった。
「……あ?」
足音と共に突然目の前のキラキラが途切れ、Aは目を瞬かせた。目を凝らし、それが人であることを認識し、話しかける。
「なんか用かよ、わりいけど、後にしろ」
「後には出来へんな。今、ひとりなん?歩ける?」
聞いたことのある、柔らかい声質の関西弁が耳に入り込んできた。「歩ける」と返してAは立ち上がったが、ふらついてその誰かに支えられる。
「あー、ダメやん。酔っぱらってもうてる。どんだけ飲んだん?」
「わかんねーよぉ」
「飲み過ぎやで。道わかる?」
「しるか」
「しるかって……とりあえず移動するで。ここ居ったらあかん」
男の声が頭の中でぐわんぐわん反響する。押されてこくっと頷くと、腕が肩に回された。がっしりした肩だった。
「うわ、服濡れとる。雨止んでんのに……壁に背中ついたりした?」
「した」
「アホやな」
「るせえ」
腕に伝わってくる暖かさに、瞼がどんどん落ちてくる。ほとんど引きずられるようにして、Aはその男に引っ張られていった。
しばらく歩くと匂いが変わった。雨の匂いがする。頭の隅で、公園かな、などと考えて、Aは男に促されるままにそこに腰かけた。
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