其の23 ページ30
「ありがとうございましたっ。これ、すごく大事にしてて」
「ン。ならよかった。……帰らねえの?」
「連れ置いて来ちゃったので……待ってます」
ショルダーバッグを受け取った青年は、苦笑いしてAの居た軒下へ立った。それなら、とAは帰ろうとしたが、人ごみから抜け出てきたメガネの男とぶつかりそうになって立ち止まった。避けた瞬間、後ろの青年が声をあげる。
「哲さん!鞄ありました!」
「え!お前が捕まえたん?」
関西弁で答えたメガネの男の声は、聞き覚えがあるどころではなかった。Aが忘れようとしても、忘れられない声だ。ばっと振り返ったAは、青年と会話するメガネの男に目を留めた。
間違いない。山田哲人だった。私服姿だったが、夢の中で出会ったヤマダそのものだ。Aの心臓が早鐘を打ち始めた。そばの青年は足が止まったAに視線を向けて笑いかけてくる。
「俺じゃないです、哲さん。そこのお兄さんが、俺の鞄、持ってたんです。取り返してくれたみたいで」
「そうなん?……それは、どうも、宗隆がお世話になりました。ありがとう」
山田哲人は、Aに向かって軽くお辞儀をした。微笑んでいたが、夢の中とは違って愛想笑いのような、固い笑い方だった。
Aの心臓はとうとう爆発しそうになった。現実の山田哲人は、夢の中のヤマダと何の違いもなかった。汗が吹き出る。頬が自然と熱くなる。口からは「いや、大丈夫だ」しか出てこなかった。
このままその場に居続けていたら、Aは極度の緊張で倒れていたかもしれない。やっとの思いでAは言葉を絞り出す。
「ああ、それじゃ、おれは仕事に戻るから」
「えっ、俺、もっと何かお礼したいなと思ってたんすけど……これ、大事な鞄でしたし」
「でも、宗隆、俺らももう行かなあかんで」
「そっか、それじゃ、あの、ありがとうございました!またどこかで!」
山田哲人と、宗隆と呼ばれた青年は、もう一度Aに会釈をして去っていった。Aはやっと訪れた心の安寧にほっと息をつき、ついでにヤマダに謝りそこねたことを思い出した。
とりあえず本当に仕事に戻ろう、とAは思う。今の出来事を整理するには、あまりにも時間が足りなかった。
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哲人さんと宗隆くんの互いの呼び方はオール妄想です。こうだったらいいのにな。
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