其の21 ページ28
「なんで謝れてないの?」
「……会えないんス、なかなか。その時に謝れるかどうかも、わかんねえし」
「はあ〜そっかあ。不確定な要素多いねえ。いやそもそもさ、ちょっと前には好きな人できないーなんて嘆いてたAくんがさ、本当、急にどしたの?どこ好きになった?」
「好きになってはないと思うんスけど。おれにはそういうのはわかんねえですよ」
A自身は、自分が本当にヤマダに恋をしたのか、未だによく分かっていなかった。というか確信を得たくなかった。
当然である。夢の中でしか出会えない男に恋をしたなんて、誰かに知られればそれこそ笑い者だし、Aもなんでそんなことになったのかさっぱり分からない。自らの気持ちがハッキリするまでは、定まらない感情を遊ばせておきたかった。
「わかんねえか。まーそうよねえ、恋は自覚してからが恋だからなあ。僕の経験から言うと、久々に会ったとき幸せでたまんなくなるのが恋かな」
「嫉妬したら恋だって、知り合いは言ってましたけど」
「うん、それもある!でもネ、その人が自分の方に向いてくれたとき、自分だけに向き合ってくれたとき、僕は、あー幸せだなって感じるんだわ。そんな瞬間とかはなかった?」
「……ないス」とAは応えた。勿論夢の中のヤマダはAだけにその笑顔を向けてくれるが、所詮は夢だ。現実では面識さえもない。
「ないのか〜。だから分かんないのネ。その人、高嶺の花タイプなの?もしや有名人とか……」
「……ンなわけ、ないですよ」
「だよねえ。まあ、分かって良かったよ。僕は応援してるから!よし、そろそろ出るか!」
美味しかった蕎麦に感謝して、代金を支払って、Aと小林は店の外へ出た。月曜日とはいえ、昼休み中の会社員や観光客で繁華街は人通りが多い。生暖かい風を顔に浴びながら歩いていると、突然叫び声が道路中に響き渡った。
「キャー!」
「ひったくりだ!誰か捕まえてくれ!」
ひったくり!?と動揺する小林を余所に、Aは冷静に声の出所を分析する。前方だ。つまりひったくりは前方から、荷物をふんだくってこちらに来ているらしい。
ざわめく周りの人々。広がる怒号。来るひったくりの気配に耳を澄ませて、Aは自分のショルダーバッグをなるべく盗りやすいように横にかかげた。
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