其の14 ページ20
「あ、ああ……
耐えて、小川さん……!」
「ネエさん、なんでか向こうの点増えてんぞ」
「ううう、打たれたからです、お、小川さんが……がんばってー!」
小川のユニフォームの裾を握りしめ、彼女は泣き出しそうな顔でグラウンドを見つめる。今回はAもバックスクリーンのおかげで状況を把握できていた。スワローズは負けている。今のところの得点は1回表、ヤマダのホームランだけだった。
「はあ……やっと3アウト……」
「6対1か。えっと、小川はいいのか」
「よくないです……次で交代です、多分。はあ……打線がもっと打ってくれてたらなぁ……でも相手、菅野だし」
ジャイアンツファンの歓声を聞きながら、彼女は不満そうな顔でビールを煽った。帰ろうとはしない。Aと一緒に一つずつ、選手達の打席に注目していた。
「……今のは?」
「サードライナーです。ほら、打った打球がびゅーんって浮いたけど、あそこが捕りましたよね。うーん抜けそうだったのになぁ」
「ワンバンしたらヒットなんだよな?」
「ワンバンして、ボールがファーストのところに来るまでに一塁踏めたらセーフなので、ヒットですね。ミスしたらエラー、ですけど」
「へえ……よく考えられてんな。じゃあ今のはアウトか」
後半はスワローズもジャイアンツも殆ど点を取る気配がなく、Aは既にビール4杯目に突入した彼女にルールを教わっていた。
攻撃の度に盛り上がるそれぞれの外野席や、選手達のプレーを間近で眺めながらも、Aはやはり観戦を満喫していた。
「あ、もう9回表ですね」
「ここで同点にしねえと、ジャイアンツが勝つんだろ」
「そうです!うーん、今日は負けそうだけど、最後くらい応援しなくちゃ!よしっ!」
気合いを入れた彼女につられて打席を眺めたAは、そこに立つ見覚えのある背中に目を留めた。今日だけで何回と見たその背中には、いつも誰かの期待が寄せられている。
今もそうだ。Aでさえ、今日は山田哲人を応援するためにここに来た。
「……おれもすっかりあいつのファンだ」
覚えたての応援歌を小さな声で口ずさんだ。ホームランを打った時は、自分のことのように嬉しかった。
あいつが結果を残す度に、熱狂が身体中を駆け巡る。その瞬間に期待をこめて、Aはヤマダの打席を見守った。
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