かつての英雄 ページ1
「お茶を淹れました」
居間に戻ると、なにやら社長が険しい顔をしているではないか。机上の隅に湯呑みをおいて、首をかしげる。
視線の意図を汲み、疲れたように溜息を吐く。額を軽く指先で引っ掻いて、言った。
「知り合いから依頼がきたんだよ。人手不足だから人を借りたい、だそうだ」
「引き受けないんですか?」
「関わったら共犯だぞ」
「丁重にお断りしましょう」
人の道をはずれてはいけません、と母親みたいな口振りでたしなめる。引き受ける気はねぇよ、と苦笑した。
湯呑みを傾けお茶を啜る。うまい、と嬉しそうに言うので、本題を思わず忘れてしまいそうになった。
こほん、とわざとらしい咳払いをして口火を切る。
「それで、なぜ犯人とお知り合いなのですか。共犯と言う言葉を選んだ辺り、その依頼人は犯罪者なのでしょう?まさか……過去に犯罪を犯した黒歴史がおありで?」
「んなわけあるか!過去にってか、俺の過去にはおまえがずっといただろ!!」
「そうですけど」
ずっといた、という表現に目を伏せる。それに照れ臭いものを感じて、嬉しさに頬が緩んでいると自覚した。
乱れる心を固くし、表情を引き締める。赤い瞳をじっと見つめると、観念したように嘆息する。
それから、懐かしむように瞳を細めた。
「警戒しなくていいさ。お前も知ってるやつだよ」
「……わたくしの知り合いに犯罪者はおりません」
唇を真一文字に結ぶ。急な態度の変わりように目を丸くするが、気にしないようだった。
……まずいな。
最近ちょっとしたことで心が乱れる。平静を保てない。
だって、そんなの、普通に警戒するだろう。――社長に穏やかな顔をさせる、憎き恋敵のようなお知り合いなのだから。
「つーか、そろそろくんだろ」
「承知いたしました」
「何が承知?ねえ、その刀今どこから出した?持ってなかったよね、ねえ!」
危ないから離しなさい、と竹刀袋を奪おうと手を伸ばす。その場から軽く跳躍して防ぐ。
寝ている定春の近くに降り立ち、社長を見据えた。
「わたくしは社長とついでにここにいる皆さんを守るだけの力があると自負していますが、剣を奪われては太刀打ちできるかどうか」
「先程の身軽さ、もしやAか?」
ふと、見知らぬ声がした。戸に目線を遣ると、そこにやはり見知らぬ女顔の男がいる。
長く伸ばしている黒髪をなびかせ、こちらを見つめる。――見覚えのある長髪。
「その長髪はかつ……んん、ヅラ様?」
「ヅラじゃない桂だ!」
「やらせだ」
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