06【結び目が先端に近付いた】 ページ8
「おはようございます、兵長」
肌寒い早朝の空気の中、壁に凭れていた上司に挨拶する。こちらを一瞥するだけで、返礼はしてくれなかったが。
壁から背を離し、無言で歩いていく。やはり、小さな背に一定の距離を保って着いていくのだった。
彼が向かった先は、古城の離れた所にある兵士の為の訓練場だ。
私の目に映っているのは、何やら大きな三角形の形をした中央に設置してある、ベルト。
確か、立体機動はガスによる浮遊力を上手く利用して、鳥みたいに飛び回る代物だ。
憧れの訓練に存外感動はない。
ただいつものように笑顔を浮かべていたら、
「何も面白くねぇだろ」
無愛想な声がそれを咎めた。その声は、一日で覚えた兵長のもの。
あまり関わりたくない人で、でも訓練してくれるのは彼なのだ。
彼は既に機械の近くに立っていて、鋭い眼光をこちらに放っている。
相変わらず感情の乏しい顔でこちらを見つめ、何かを窺おうと探っているのが、あからさまだった。
それにまた、唇を笑みの形に崩し、目を細めて笑う。大袈裟に肩を竦めて、言った。
「まあ、何も面白くないですけど……でも、笑っている私は一段と魅力的に見えるのでは?」
軽い口調で笑う私を見て、呆れたように溜息を吐く。そして機械を操作しながら、
「俺はお前みたいな女はタイプじゃない」
「お前みたいな、とは」
「―――仲間を手駒に仕立て上げ、その気持ちわりぃ笑顔の裏で嘲弄する、お前みたいなアバズレだ」
こちらに背を向けているせいで、その時の表情は窺えなかった。
しかし、考えてそうしたのなら、彼は頭の回転が早く回る方だろう。
質問した時は「悪辣な評価だ」と泣こうか迷ったが、聴いたあとでは感心せざるを得ない。
兵長の私の評価は的を射ている。
機械の操作を確認している背を見つめながら、やはり平淡な口調のまま、答えた。
「……これでも練習したんですよ。どうしたら、相手の懐に入れるんだろうって」
すると「ハッ」と鼻を鳴らし、こちらに顔を向ける。その顔は変わらぬ無表情だが、声だけは弾んでいる。
「意外と早く本性を出したな、女狐」
「ひどーい。アバズレの次は女狐ですかー?」
「まだ狐の方がいいだろ」
なんの偏見だよ、と思わず言いそうになったのを喉の奥へ流し込む。
これ以上隠すのは無理だろうと判断したのだ。不要な行為を続ける事で、謀反を掛けられるかもしれなかったから。
そのせいでこれから動きづらくなったけど。その責任はいつか取らせよう。
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